事件の報道と調査
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/12 05:02 UTC 版)
「橋北中学校水難事件」の記事における「事件の報道と調査」の解説
本事件について、朝日と毎日、中日新聞(中部日本)は当日28日夕刊第一面に写真入りで報道し、航空機からの現場空中写真も撮影している(読売新聞は未見)。中日は号外も発行している。以後数日間報道が続く。朝日31日夕刊では、ラジオで救助の実況録音放送があったことがうかがえる。 翌29日には、午前10時頃から1時間余り第四管区海上保安本部水路部長、津測候所技術官、津地方検察庁検事、津警察署長らが水路、潮流、危険区域の標識、遭難地点などについて現場検証を行った。文部省では現地から電話報告を受け、28日夜初等中等教育局中等教育課事務官を現地に派遣した。 松村謙三文部大臣は29日「惨事を繰り返さないように万全の策をつくしたい」との談話を発表、同日、福田文部次官事務代理名(毎日。朝日では稲田事務次官代理)で各都道府県知事、教育委員会、国立大学長、国立学校長あてに「各学校に対し一層周到な指導を行われたい」と電報で通達している。上京中の田中覚三重県知事は急いで帰県し、水難特別調査委員会を設置した。 同年5月には本事故と同様に多数の子供が死亡した紫雲丸事故が発生していたこともあり、本事故に対する批判は強かった。また国会でも取り上げられ、7月29日の衆議院文教委員会では河野正・平田ヒデ・山﨑始男(日本社会党)、長井源・高村坂彦・並木芳雄(日本民主党)の各議員が松村文部大臣と緒方信一文部省初等中等教育局長に対して本事件に関する質問を行い 、翌7月30日の参議院文教委員会では、荒木正三郎(日本社会党)及び堀末治(自由党)の各議員が松村文部大臣、大麻唯男国家公安委員会委員長、緒方初等中等教育局長らに対して舌鋒鋭く質問を浴びせ、国などの責任追及を行った。 学者の調査には以下のものがある。 「津市橋北中学校女生徒水死事件調査報告」(日本海洋学会和文誌『海の研究』第11巻第4号所収) 後の日本海洋学会会長南日俊夫(気象庁気象研究所、理博)によるもの。これは津測候所の資料、1955年9月10日に自ら観測した資料、気象庁の潮干表、教職員の体験談等によるものである。 「伊勢湾西岸における沿岸流況」 三重県知事の依頼により、三重県立大学水産学部講師坂本市太郎が1960(昭和35)年に行った調査。津水域において同年8月中旬から9月上旬にかけて8日間、抵抗板、トランシット追跡により潮流の測定を行い、その結果を図表に表したもの。
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