トム・パーカー大佐
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「エルヴィス・プレスリー」の記事における「トム・パーカー大佐」の解説
プレスリーは世界的なスーパースターとなったが、終生アメリカ、カナダ以外でコンサートを行っていない。海外での公演ができなかった理由は、移民であるパーカー大佐がアメリカの永住権を所持しておらず、カナダを例外としてアメリカ国外へいったん出国すると再入国を許されない事態を恐れた為だったと言われている。ちなみに、パーカー大佐が出身国に残してきた家族が、大佐がプレスリーに付き添う姿をテレビで見て仰天したという逸話が残されている。 これに対して、パーカー大佐は世界の公演希望に応えるため、衛星中継という方法で、生のプレスリーを世界へ送った。来日公演の要請に対しては、日本のゴールデンタイムに衛星生中継で視聴してもらえるよう、1973年1月14日に、ハワイ時間深夜1時からコンサート『アロハ・フロム・ハワイ』を開催する形で応えた。これは日本のゴールデン・タイム(午後7時)にあわせたものである。放送は約2時間続いた。 このコンサートはプレスリーの愛唱歌でもあった「アイル・リメンバー・ユー」の作者、クイ・リーの遺族らによって創設された“クイ・リー癌基金”のためのチャリティー・コンサートとして開催された為収益は全て、クイ・リー癌基金へ寄付された。この公演のチケットには値段が付いておらず、客が献金したい分だけ払えば、購入することが出来た。6000席の会場で7万5000ドル集まったので、1人あたり12ドル50セント支払った計算になる。 アメリカでは公開中だった『エルビス・オン・ツアー』と競合することを回避するために、4月4日に放送された。新たにハワイのビーチや挿入歌がインサートされた、生放送とは別の編集版であった。既にこのコンサートのライヴアルバムが発売されていたにもかかわらず、この放送を視聴した世帯数は、人類初の月面着陸の映像を視聴した世帯数より多かった。 「プレスリーの離婚の財産分与の資金捻出のため」という名目でパーカー大佐はプレスリーの楽曲の権利をRCAへ売り渡した。これは将来的に見ても大損な取引だったが、パーカー大佐自身がギャンブルで大損を出していたため、手っ取り早く大金を得るためにプレスリーに伝えないで独断で売った。離婚に必要な資金は175万ドルでエルヴィスならすぐに回収できるであろう金額だった。プレスリーがお金がなくなっていったのはこの権利で手に入る印税を受け取れなかったことが関係している。プレスリー関係者からは「悪名高き73年の取引」といわれている。 この様な理由以外にも、プレスリーはパーカー大佐に対する不満をメンバーたちに多く漏らしていた。しかし、プレスリーは生涯パーカー大佐をクビにすることはなかった。ネルソン・ジョージは、「マネージャーのトム・パーカー大佐がプレスリーをどんどん安物のクズにおとしめていった」と評している。
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トム・パーカー大佐
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「アランナ・ナッシュ」の記事における「トム・パーカー大佐」の解説
プレスリーについての調査は、さらにトム・パーカー大佐についての著作を生んだ。プレスリーの死について取材していた際、ナッシュは、パーカーが葬儀にアロハシャツにベースボールキャップという姿で現れ、他の記者たちが何とも奇妙な姿だと思った様子を見ていた。1995年の本で、ナッシュはパーカーにもインタビューをしたが、パーカーの人生には紆余曲折が多過ぎ、それを解いてゆくためには、パーカーが生まれたオランダのブレダに資料収集とインタビューへ赴くなど、6年もの骨の折れる調査が必要となった。ナッシュの本『The Colonel: The Extraordinary Story of Colonel Tom Parker and Elvis Presley』は、2003年7月15日に出版され、好評を得た。『ビルボード』は「音楽産業についての記事の古典 (classic of music industry reporting)」と評した。他にも高い評価が『ワシントン・ポスト』、『The New York Review of Books』、『バラエティ』、『Publishers Weekly』などから寄せられた。イギリスでは、音楽雑誌『モジョ』が「尻尾をつかませない大佐の生涯について、最も鋭く、総合的に捉えた描写 (the most incisive and comprehensive look at the life of the elusive Colonel available)」と評し、『オブザーバー』はこの本を、「音楽に関係する本としては、おそらく史上最も徹底的に調査されたものだろう (perhaps the most thoroughly researched music book ever written)」、「悲しいことに、ほとんどの話は既に以前から語られていることである。ナッシュはそこに何重にも情報を詰め込んでゆく (sadly most of the story has been told before. Nash simply adds layer after layer of padding)」と評価した。 パーカー大佐についての記事によって、ナッシュは雑誌『エスクァイア』による「Heavy 100 of Country Music」のひとりに選出され、2004年にはカントリーミュージック協会 (CMA) のメディア業績賞 (Media Achievement Award) や、ベルモント・ブック・アワード (Belmont Book Award) を受賞した。このほか、雑誌『Stereo Review』、『リーダーズ・ダイジェスト』、Amazon.com に書評が出た。
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