インドでの展開
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 12:42 UTC 版)
プトレマイオス以前にヒッパルコスらの系譜の天文学は東伝し、インドでは5世紀末から6世紀のアーリヤバタ (Aryabhata)がギリシア系天文学を在地的な要素と組み合わせ、『アーリヤバティーヤ』で新たなインド天文学を作り上げた。それ以降、既存の須弥山説に基づく宇宙論とは摩擦を起こしながらも、適度に取り込んで浸透する。インドの天文学書は、天体計算の章とは分離して、天体の幾何的な配置(gola)を論じた章を付すことが多く、それから当時の宇宙論を知ることが出来る。アーリヤバタは須弥山の高さを実在のヒマラヤ山脈の2倍以下に設定され、天体を遮蔽する効果は期待されていない。また、『スーリヤシッダーンタ』では、「ブラフマンの卵の真ん中に、円があり、「虚空の軌道」と呼ばれる。その真ん中で恒星の回転があり、同じく、土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月が下へ下へと順に位置して、回転している。」としている。また、アリストテレス的な自然学は入ってこず、従って周転円などを透明な球体とはしなかった。このことから、周転円の半径が変化する理論も作られるなど、より柔軟な運用が可能になっていた。 『アーリヤバティーヤ』は、地球の自転が唱えられていることでも有名である。しかし、続く天文学者たちは(『アーリヤバティーヤ』を頂く学派のものも含めて)この説は取らなかった。 アーリヤバタの後、インドの天文学はいくつかの学派に分かれる。これらの学派は、基本的には似た構造をもちながらも、基本的な天文常数などに違いがあった。しかし、それらを科学的に比較検討することは、あまりなされなかった。インド天文学では、紀元1千年紀には、観測の方法については述べながらも、系統的な観測活動の記録がほとんど残っていない。このことから、インド天文学における観測の役割については議論が定まらない。 『アーリヤバティーヤ』の外惑星の位置の計算は、平均的な運動に順次「manda補正」と「sighra補正」を施して、真の惑星の位置を得る。「manda補正」の値は惑星の平均的な位置のみで決まり、一方、「sighra補正」は太陽の平均的な位置も加味して決まる。「manda補正」と「sighra補正」は、幾何的には周転円や離心円に相当する。これらの補正を交互に何度も組み合わて最終的な結果を得るが、組み合わせの幾何的なイメージははっきりとしない。だが、結果として離心率の一次の項まで楕円軌道の理論と一致し 、パラメータの値を適切にとれば、プトレマイオスの理論と近い結果を返すことになる。内惑星の動きは外惑星とかなり異なるため、「manda補正」と「sighra補正」も外惑星とは異なった形になっている。 インドの体系と『アルマゲスト』を比べると、後者の方がよく観測に合う。論理的な明快さも手伝って、中世のアラビア語圏やラテン語圏の天文学は、インド系の要素も含まれるものの、『アルマゲスト』が主軸になる。 ただし、三角法や算術的な技法、アルゴリズム論的なアプローチにはインド系の理論が優れており、こういった要素は西に伝わって、アラビア語圏で洗練を経てヨーロッパにも取り入れられた。また、ブラフマグプタの理論では、プトレマイオスと異なって金環食を予言することができた。この理論はビールーニーによってアラビア語圏に取り入れられ、14世紀初頭に観測によって検証される。 上述したように、インドの天文学は主要な学派の確立の後、保守性を強めていた。しかし、1496年に著されたケーシャヴァ『グラハ・カウトゥカ』では、各学派の定数を観測と比べて評価している。また、15-16世紀のケーララ学派の天文学者ニーラカンタ(英語版)も、真理は観測と論理的な推測によって明らかになると述べて、伝承による天文学の権威付けに反論した。 ニーラカンタ(英語版)の今一つの業績は、黄経と黄緯の両方において、内惑星と外惑星の運行を統一的に理解する理論を打ち立てたことである。伝統的なインドの理論は、両者の扱いが全く異なっていた。それに対して、ニーラカンタは、内惑星も外惑星も、(プトレマイオス的な用語で言うならば)従円を平均的な太陽の運動と同一にした。そして、周転円を従円、すなわち太陽の軌道に対して一定角度で傾けることにした。「manda補正」、すなわち円運動とのずれの補正は、周転円に対して行われた。 この理論計算の過程は、ティコ・ブラーエのような、(平均)太陽の周りを地球以外の惑星が回転する理論と同一である。そして、ニーラカンタの『アーリヤバティーヤ注解』には「(水星と金星)の軌道は地球の周りを回らない。地球は常にそれらの軌道の外にある。…」とある。しかし、彼の宇宙像がどのようなものなのか、つまり周天円の中心は平均太陽そのものなのか、あるいは地球から見て平均太陽と同じ方向にある点であるにすぎないのか、という点で見解が分かれる。 コペルニクスやティコ・ブラーエの理論と比較すると、黄緯の理論に『アルマゲスト』に由来する不要な複雑さが含まれず、黄緯、黄経ともに内惑星と外惑星で一貫した構成になっていること、また月の軌道面の傾斜の影響の計算といった点で優れている。
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