アメリカでのファンサブ活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/26 08:38 UTC 版)
「ファンサブ」の記事における「アメリカでのファンサブ活動」の解説
1972年にアメリカで家庭用ビデオテープレコーダ「VO1810」(U-matic VTR)が発売されると、ハワイやニューヨークなどの、英語字幕付きの日本語放送で放映された日本のアニメも録画されるようになり、初期の数少ないアニメファンはこうして映像の交換をしていた。アメリカの日系人を対象とした日本語放送ではあったが、日本語ができない二世や三世の日系人も積極的な視聴者であったため、日本語番組も英語字幕で放送されていた。これを発見してアニメファンになったアメリカ人には、はじめからアニメを字幕で見るという精神的土壌ができていた。 1985年にコモドール社のAmigaが発売され、パソコンを使った字幕製作が可能となった。これにより、いわゆるファンサブの時代がはじまった。元々、日本に文通友達がいて、アニメなどのビデオを交換していたアメリカ人は、ファンの間では尊敬を集めたが、それに加えて翻訳能力のある仲間とAmigaオーナーがいれば、ファンサブ製作集団としてファン仲間での名声を縦にできるようになった。 1989年3月1日付でアメリカがベルヌ条約に加入したため、これ以降アメリカのファンサブ活動は違法となった。これより合法的にアニメが入ってくる1993年頃までの間は、流通する物の殆どが違法な物しかないというとても不安定な時期を通る事となる。 初期は大学サークルが学内のホールを借りて、ささやかに上映会を行うといった形式の活動が主であった(現在でも、アメリカの大学のアニメクラブではファンサブをサークル図書室に持っていることが多く、公式の活動として上映会を行うことはある)が、21世紀になるとそれら字幕付きアニメを、データの形でインターネットを通して流通させるという形式が主流となった。 以前より、アメリカで放映される日本のアニメが大幅に改編されていることは、日本版を知るファンの間では周知の事実であった。正式な商業発売よりもファンサブを好む一部心理は、過去に現地のライセンス保有会社が行ってきた作為的な改変に対する不信感にもよるとされている(端的な例は4kidsである。4kidsは物語自体が変わってしまうような大幅な編集を行うため、一部には「4kidsにライセンスされたものはライセンスされていないとみなす」という風潮さえある)。 しかし今日では、地上波放送の作品については、諸外国の放送コードに準拠するための改編があるものの、以前に比べればファンの希望を尊重しようとする動きが高まっている(ただし子供、ティーン向けアニメの規制では、血の出るシーンを汗の描写に書き換えたり、酒を飲むシーンは、そのキャラクターが成人でもカットされる)。またCATV・衛星放送やDVD直販を前提とする作品では、大幅な編集はほとんど行われていない(アニメファンが期待する対象年齢層の高い作品はむしろこちらである)。にもかかわらず、ファンサブ活動は絶えない。 日本では「アニメファン」は比較的に高年齢層とされているが、日本国外では小遣いが少ない10代初めのファンも多く、その中にはモラルの低いファン(おたく)も少なくない[要出典]。彼らはファンサブだけでなく北米版DVDのリッピングをファイル共有ソフト等で入手する(正規品のDVDより吸い出したデータを、そのままネット上で流通させるようなリッピンググループも多数存在する)。結果として、既にライセンスが取得されている作品は勿論のこと、北米版DVDが発売されている作品でさえも、ファンサブが流通することになる。またファンサブグループはやっていることが違法行為であるにもかかわらず、自分達に対する寄付を呼びかけていることがある。
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