『ハルモニア原論』
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「アリストクセノス」の記事における「『ハルモニア原論』」の解説
アリストクセノスの著書『ハルモニア原論』は、音楽理論の完全かつ体系的な解説を試みたものである。第1巻では当時のギリシア音楽のゲノス(四弦タイプのキタラの間の2弦の調律に基づく分類のこと)について説明した上で、それぞれのゲノスに属するエイドス又はスケーマ(上記調律をした四弦琴(テトラコルド)で作る音階のこと)についても解説が加えられている。この解説に続いて、音、音程、シュステーマ(それらの組み合わせ方)などに関する用語の定義が述べられる。第2巻でアリストクセノスは音楽を、ゲノス、音程、音、シュステーマ、音色又は旋法、変調、メロポエイア(melopoeia)という7つの要素に分解する。『ハルモニア原論』の残りの部分には、先述の各要素に関する議論に多くが割かれる 現代の学者の間では、算術的規則が音程を定める絶対的な基準となり、調和していると言えるシュステーマならば、そのすべてに数学的な偶然が存在しなければならないというピュタゴラス派の説に対してアリストクセノスが異を唱えていたという学説がほとんどの場合支持されているが、種々のゲノスについてのアリストクセノスの説明においては、特に様々な半音を定義するために、算術的な用語と理論を広範囲にわたって用いていることは注意しなければならない。 アリストクセノスは、第2巻で「聴くことによって、音程の大きさを判断すること、そして考えることによって、その大きさの音程の力を理解すること」を主張した。さらに、「音楽の知識は楽器の研究により得られるという意見に肯定する者もいるが」「感覚による知覚こそが、旋律の本質を発見する最良の手段であり、記憶にも残る。音楽を知るに至る手段として、この他にはない。」と書いた。第2巻でアリストクセノスは、「韻脚の算術的比率に気を付けるためにイアンボス(短長格)を書く必要はないのであるから、プリュギア調の歌を作る際にもその歌に含まれる音の数比に気をつける必要はないのである。」といったことも語っている。しかしながら、このことは、彼が現代の十二音技法などの和声体系を単純化したものを想定していたと解釈されるべきではない。とりわけ、平均律の和声体系と同等のものを想定していたという解釈は、してはならない。アリストクセノスは読者に、「いったい、ゲノスの〔違いによる〕ニュアンス〔の違い〕について議論する人々の意見が一致することがあるだろうか?皆がみな、半音や四分音に音を合わせる際に同じ〔オクターヴの〕分割をするわけではないのだから、メゼから全音2つ分離れた音が『〔半音や四分音をいくつか足した〕和よりも高い音』ではなく、リカノスと呼ばれるべきなのは、なぜだろうか?」と問いかける。 アリストクセノスの音階とゲノスの本質的なところは、先人のものから鋭く逸脱していると評されることがある。アリストクセノスが音階を作成するにあたって依拠するモデルにトポスの概念(音域のこと)を用いたというのは事実である。しかしながら、このようなことをしたのは彼が初めての人物であると信じる根拠はなく、彼自身もそのようには主張していない。実際に、固定点により定義される、ある程度の幅を持った不定ピッチという概念は、バロック時代の音楽理論にも見られるように、現代の固定ピッチ体系ができあがるまでは、よく知られた概念であった。多少正確ではなくなるが、アリストクセノスの主張を別の言い方で表現するなら、アリストクセノスは、2つの音の間隔を定める際に離散的な数比を用いる代わりに、連続的に変化する数量を用いた。 これがアリストクセノスのテトラコルドを構成するだろう、音階がもう一つの協和音の価値を持つようになるだろうという仮定は、アリストクセノスの解説者や、単純化された十二音技法を好む凝り固まった視点を持つ現代人が何度も繰り返す矛盾だらけの解説に依拠したままでは説明不能な仮定である。アリストクセノス自身は、「(...) 次に述べる2つの事柄は見逃してはならない。多くの人がこれまで言っていた階調は旋律の中で等しい3つの部分に分かれるという説が間違いであるということが一つ目である。彼らは、階調の第3の部分を使用することと、階調を3つの部分に分割し、3つ全部を歌うということとが同じことを意味するということに気づいていないため、この誤りを犯した。二つ目は、純粋的に抽象的な視点から、決して軽視できない2音間の間隔は存在するということを私たちが受け入れているということである。」という考えを述べた。 第3巻では、連続的な旋律に関する28個の法則が解説されており、古典ギリシア音楽の旋律的構造に関心がある者の強い関心を呼ぶ部分である。
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