戦備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 17:23 UTC 版)
柏崎で謹慎していた定敬も閏4月初旬には抗戦の決意を固めたが、周囲の家臣にはまだ恭順派が圧倒的多数を占めていた。当時23歳であった藩主の定敬は藩論統一のため、やむなく山脇隼太郎と高木剛次郎に命じて恭順派代表の吉村権左衛門宣範を閏4月3日の夜に暗殺させた。それでも恭順派が優勢だったため、山脇と高木は会津へ脱出することとなった。会津に居た桑名脱藩藩士達の中には、山脇隼太郎の父である軍事奉行・山脇十左衛門がおり、松浦秀八、町田老之丞、立見鑑三郎、馬場三九郎、大平九左衛門、河合□三郎らと共に柏崎へ急行して藩論を主戦に覆した。閏4月13日]、桑名藩柏崎陣屋では抗戦のための軍事体制が確立された。特に各隊の指揮官を投票で選抜したことは、鳥羽伏見以来の実戦の経験により実力が重視されたこと、宇都宮を攻略した江戸脱出軍が同様の選抜をしていたことに由来する。この時、宇都宮でも活躍した立見鑑三郎は24歳で雷神隊隊長に選ばれている。 桑名藩 軍事組織(本営は柏崎陣屋)総督 服部半蔵正義(軍事総宰) 軍事方 山脇十左衛門(軍事奉行)雷神隊隊長 立見鑑三郎、副長 富永太兵衛 致人隊隊長 松浦秀八、副長 馬場三九郎 神風隊隊長 町田老之丞、副長 大平九左衛門 大砲隊師範役頭 梶川弥左衛門、師範役 三木十左衛門・首藤金右衛門 器械方取締 高松源五左衛門 14日には関東方面から三国峠が攻略された場合に孤立する柏崎が藩主の所在地として不適と判断されて桑名藩預領の加茂へ移動することとなり、定敬は16日に政事総裁・沢采女など80人と共に柏崎を出発し、田尻、北条、塚之山を経由して加茂へ到着した。 一方、新政府側は諸藩の帰順のために東征大総督府を設置し、北陸方面への手当てとして1月5日には北陸道鎮撫総督府が設置された。高倉永祜が総督、四条隆平が副総督に任命され、本願寺に命じて恭順を促す勅書を僧侶に持たせて先発させた。勅書は6日には柏崎を通過し、中浜勝願寺にて柏崎町役人も出迎えに参加した。総督府軍が京都を出発したのは1月20日、高田への到着は3月13日からとなり、更に高倉・四条は15日の夕方に到着した。翌16日に越後11藩の重臣を集めて帰順を命じ、諸藩は勤王を誓った。また、特に会津藩の抑えとして高田藩と新発田藩は協力を命じられ、高田藩は新政府軍の下越進攻に従軍することとなった。しかし、全軍を指揮する東征大総督府が北陸道先鋒総督軍に対して江戸への即時転進を命じたことにより、越後から新政府軍は去ってしまった。柏崎の郷士星野藤兵衛は総督軍の空白により諸藩が旧幕府軍側に転じる恐れを進言したが聞き入れられることはなかった。 総督軍の留守により、越後諸藩の恭順は消極的となり、会津藩は小千谷陣屋へ500人、酒屋陣屋へ300人、新潟町へ300人と派兵を進めて勢力を広げていった。鳥羽・伏見の戦いを経験した旧幕府歩兵の第11・12連隊の集団脱走兵(後に衝鋒隊を名乗る)は、古屋作左衛門に指揮されて上州梁田で新政府軍と戦って敗れ、会津への合流も断られた結果、関東地方への進攻を意図して越後の水原へ駐屯した。旧幕府歩兵隊は新政府への恭順を進めた藩から軍資金を集め出し、今井信郎を派遣して3月30日には新発田藩へ1,000両、4月11日には与板藩より10,000両・兵糧米500表を供出させた。古屋隊は16日に柏崎へ約570人が到着し、更に17日には柿崎方面へ進出した。高田藩では藩論が定まらず、側用人川上直本を交渉のために柿崎に派遣して乱暴狼藉の禁止と引き換えに高田城下通行を許可した結果、古屋隊は19日に高田を通過して新井へ異動した。22日、古屋隊は信州飯山藩(2万石)へ侵攻した。飯山藩では新政府への恭順を決定していたが、古屋隊に対しては藩論は佐幕であると偽り、古屋隊の一部は新井へ引き返した。 長野方面では尾張藩が諸藩へ工作して新政府への恭順を進めており、旧幕府領も確保していた。25日朝、尾張藩兵・松代藩兵らで構成された新政府軍は飯山の古屋隊への砲撃を開始し、飯山藩も城内から呼応したため古屋隊は被害を出し、雨の中を新井まで退却した。高田藩では古屋隊の民家への宿泊を許さず、新井別院への宿泊と川浦代官所(旧幕府領)への退去を要請した。更に新政府軍が迫って来ると旗幟を鮮明にする必要が生じたため、古屋隊に対して砲撃を開始した。古屋隊は落ち着く事が出来ず、夕方から安塚・小千谷へ退却した(飯山戦争)。柏崎では27日には飯山の戦闘状況が伝わり、夜になって古屋隊の約30人ほどが到着し、6日には約50人が通過した。新政府は曖昧な態度を取った高田藩を糾弾し、高田藩も藩論を決して先鋒を務めることで勤王を誓った。
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