東洲斎写楽 東洲斎写楽の概要

東洲斎写楽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/10/23 17:54 UTC 版)

三代目 大谷鬼次の江戸兵衛[1](寛政6年〈1794年〉5月河原崎座上演の『恋女房染分手綱』より)

本名、生没年、出生地などは長きにわたり不明であり、その正体については様々な研究がなされてきたが、現在では阿波徳島藩蜂須賀家お抱えの能役者斎藤十郎兵衛(さいとう じゅうろべえ、宝暦13年(1763年)? - 文政3年(1820年)?)だとする説が有力となっている(後述)。

作品

三代目 澤村宗十郎の大岸蔵人(寛政6年5月都座上演の『花菖蒲文禄曽我』より)

寛政6年5月に刊行された雲母摺、大判28枚の役者の大首絵は、デフォルメを駆使し、目の皺や鷲鼻、受け口など顔の特徴を誇張してその役者が持つ個性を大胆かつ巧みに描き、また表情やポーズもダイナミックに描いたそれまでになかったユニークな作品であった。その個性的な作品は強烈な印象を残さずにはおかない。

役者絵は基本的に画中に描かれた役者の定紋や役柄役処などからその役者がその役で出ていた芝居の上演時期が月単位で特定できるため、これにより作画時期を検証することが現在の写楽研究の主流をなしている。

写楽作品はすべて蔦屋重三郎の店から出版された(挿図の左下方に富士に蔦の「蔦屋」の印が見える)。その絵の発表時期は4期に分けられており、第1期が寛政6年(1794年)5月(28枚、全て大版の黒雲母大首絵)、第2期が寛政6年7月・8月(二人立ちの役者全身像7枚、楽屋頭取口上の図1枚、細絵30枚)、第3期が寛政6年11月・閏11月(顔見世狂言を描いたもの44枚、間版大首絵10枚、追善絵2枚)、第4期(春狂言を描いたもの、相撲絵を交える)が寛政7年(1795年)1・2月とされる。写楽の代表作といわれるものは大首絵の第1期の作品で、後になるほど急速に力の減退が認められ、精細を欠き、作品における絵画的才能や版画としての品質は劣っている。前期(1、2期)と後期(3、4期)で別人とも思えるほどに作風が異なることから、前期と後期では別人が描いていた、またあまりに短期間のうちに大量の絵が刊行されたことも合わせて工房により作品が作られていたとする説もある。代表作として、「市川蝦蔵の竹村定之進」、「三代坂田半五郎の藤川水右衛門」、「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」、「嵐龍蔵の金貸石部金吉」などが挙げられる。

写楽は寛政6年5月の芝居興行に合わせて28点もの黒雲母摺大首絵とともに大々的にデビューを果たしたが、絵の売れ行きは芳しくなかったようである。ある役者の贔屓からすればその役者を美化して描いた絵こそ買い求めたいものであり、特徴をよく捉えているといっても容姿の欠点までをも誇張して描く写楽の絵は、とても彼らの購買欲を刺激するものではなかったのである。しかも描かれた役者達からも不評で、『江戸風俗惣まくり』(別書名『江戸沿革』、江戸叢書巻の八所収[4])によれば、「顔のすまひのくせをよく書いたれど、その艶色を破るにいたりて役者にいまれける」と記述されている。

作品総数は役者絵が134枚、役者追善絵が2枚、相撲絵が7枚、武者絵が2枚、恵比寿絵が1枚、役者版下絵が9枚、相撲版下絵が10枚存在する[2][3]。2008年にほぼ確実とみられる肉筆の役者絵も確認された(後述)。

ドイツの美術研究家ユリウス・クルトドイツ語版がその著書『Sharaku』(1910年)のなかで写楽のことをレンブラントベラスケスと並ぶ「世界三大肖像画家」と称賛したことがきっかけで大正時代頃から日本でもその評価が高まった。

人物

写楽の人物像についての記録は非常に少ない。作品の版元であった蔦屋重三郎と組んで狂歌ブームを起こした狂歌師の大田南畝は、「これは歌舞妓役者の似顔をうつせしが、あまり真を画かんとてあらぬさまにかきなさせし故、長く世に行はれず一両年に而止ム」(仲田勝之助編校『浮世絵類考』(「うわづらをblogで」所収 [書影 1])、役者をあまりにもありのままを描いているとすぐに流行らなくなる、と写楽の写実的な姿勢を評している。




  1. ^ 長い間、この図の役名は「大谷鬼次の江戸兵衛」とされていた。しかし、当時のどの番付記録にも「奴」は付いておらず、ただ「江戸兵衛」と記されている。また、この場合のは武家の奴僕という意味であるが、現存する台帳を見ると江戸兵衛は非人盗賊乞食)達の頭で、武家の下僕なら剃らねばならい月代も残っている事から「奴」はないと考えられる(浅野秀剛 『日本史リブレット51 錦絵を読む』 山川出版社、2002年、55頁、ISBN 978-4-634-54510-6
  2. ^ ただし、役者版下絵は2点が行方不明、相撲版下絵は9点が大正期に焼失している。そのため現在確認されている写楽の役者版下絵は、ギメ東洋美術館2点、ボストン美術館2点[1][2]シカゴ美術館1点[3]、個人蔵2点、の計7点(ギメ所蔵の2点のみ「写楽画」の落款あり)、相撲版下絵は個人蔵の1点のみである(『ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展』図録 211頁、浮世絵太田記念美術館・大阪市立美術館、2007年)。
  3. ^ 浅野秀剛 「写楽版下絵の検討」『國華』第1416号、2013年10月、pp.7-23。
  4. ^ 以上の確認点数は、中嶋(2012)による。
  5. ^ 岩田秀行著「東洲斎」の読みについて」(『浮世絵芸術』165号,2013, pp.73-79)
  6. ^ クルトは写楽が歌舞妓堂艶鏡に改名したと考えていた。
  7. ^ 田中英道 『実証 写楽は北斎である―西洋美術史の手法が解き明かした真実』 祥伝社、2000年8月。同『「写楽」問題は終わっていない』 祥伝社〈祥伝社新書〉、2011年12月。田中は『浮世絵類考』の一部の写本に、写楽と北斎を同一人物と読めることを論拠に上げている。しかし、これは伝写の過程で北斎の記述が紛れ込んだものだと考えられる(中嶋(2012)pp.15-16)。また、田中は写楽と北斎の武者絵における脛の描き方の類似も根拠として挙げている。しかし、北斎の師で、写楽が作画の参考にしたと推定される勝川春章、及びその弟子たちの脛の描き方も類似している(『浮世絵 大武者絵展』図録 町田市立国際版画美術館、2003年)。
  8. ^ 井上和雄『写楽』昭和15年に「又能油画号有隣」の引用あり。出典は大草公弼『異本浮世類考』
  9. ^ 『写楽実は俳人谷素外』(『読売新聞』昭和44年10月16日号、日本浮世絵博物館館長・酒井藤吉)
  10. ^ 法光寺は平成5年に越谷へ移転したが、それまでは築地にあった。
  11. ^ 第3期間版役者絵11枚を除く。
  12. ^ 松木寛 「写楽の謎と鍵」『浮世絵八華4 写楽』所収 平凡社、1985年 ISBN 4-582-66204-8
  13. ^ 扇面お多福図」シカゴ美術館蔵など。
  14. ^ 小林忠 『江戸の浮世絵』 藝華書院、2009年、428-432頁、ISBN 978-4-9904055-1-9。同著 「東洲斎写楽の肉筆扇面画」『國華』1364号所収、国華社、2009年6月。浅野秀剛 「写楽の肉筆扇面画」『写楽』平凡社、2011年、6-16頁。
  15. ^ 服部幸雄 富田鉄之助 廣末保編集 『新版 歌舞伎事典』 平凡社、2011年3月、297頁。ISBN 978-4-5821-2642-6
  16. ^ 中嶋修(2012)p.462。なお本著では、原本ではなく図版写真による鑑定ではあるものの、写楽作品を悉皆的に精査し、第2期最初の「篠塚浦右衛門の都座口上図」以外は後世の模刻の可能性があることを指摘している。
  17. ^ 富澤慶秀 藤田洋監修/神山彰 丸茂祐佳 児玉竜一編集委員 『最新 歌舞伎大事典』 柏書房、2012年、331頁、ISBN 978-4-7601-4148-7。当項目の執筆は、岩田秀行。
  1. ^ 仲田勝之助編校, ed (1941). 浮世絵類考. http://uwazura.seesaa.net/article/42189560.html 2014年10月23日閲覧。. p.118







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