パン パンの概要

パン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/14 02:46 UTC 版)

オオムギエンバクのパン

概要

製造工程・分類

パンの典型的な製法は、小麦粉やライ麦粉などの穀物粉に水などを混ぜてパン生地にし、酵母かパン種をパン生地に混ぜ込んで生地を発酵させる事で(発酵の際に生じる二酸化炭素により)パン生地を膨らませ、さらにそれを加熱するというものである。

酵母とは微生物菌類)の一種で、パンの製造にはこれを糖蜜[1]などで培養したものを用い、これによりパンはアルコール発酵する。一方パン種とは穀物や果実などに付着している酵母その他複数の微生物を利用して作られた液状ないし生地状のものである[2]。パン種に入っている微生物としては例えば乳酸菌[3][2]があり、乳酸菌が乳酸発酵する事でパンに酸味が加わる[3]

加熱方法は全体に熱が通るようオーブンで焼くというのが典型的だが、パンの種類によってはパン生地を平たくして焼くもの(フラットブレッド)や、蒸すもの、揚げるものもある。また発酵させずに重曹ベーキングパウダーといった化学的膨張剤化学反応による二酸化炭素で膨らませるものもある(速成パンクイックブレッドとも)。種無しパン、無発酵パンなどと呼ばれるパンは、そもそも膨らませる事を行わず、フラットブレッドとするものが多い。

これらを表にまとめると以下のようになる:

膨らませる方法 加熱の方法 具体例
酵母で発酵させる オーブンなどで中まで加熱(発酵後) 食パンフランスパン
平たくして加熱(発酵後) ピタナン
蒸す(発酵後) マントウ[4]
揚げる(発酵後) イーストドーナツ
パン種で発酵させる オーブンなどで中まで加熱 サワーブレッド
膨張剤と加熱
(速成パン)
オーブンなどで中まで加熱 ソーダブレッドスコーンマフィン
平たくして加熱 ホットケーキ
蒸す 蒸しパンボストンブラウンブレッド[5]
揚げる ケーキドーナツ
高圧の二酸化炭素を減圧する Aerated Bread
膨らませない
(種無しパン、無発酵パン)
平たくして加熱 トルティーヤロティ
揚げる プーリー

パン生地には味付けのために塩、砂糖、レーズンナッツなどを練り込んだり、別の食材を生地で包んだり生地に乗せたりするものもある。また焼き上げた後さらに加工したパンもある(焼いた後に揚げる揚げパンなど)。

原料の詳細

穀物粉

サワードウを用いたウィーン風白パン

一般的に生地に用いられる穀物粉は次のようなものがある。

これらのうち、最も一般的なパン製造の材料は小麦粉である。これは、小麦粉の中にはグルテンが含まれるため、水を加えてこねることで粘りが出るうえ、酵母を使って発酵させると生地が膨らみ、柔らかく美味なパンが作れるからである[6]。これに対しライムギの場合、ライムギはグルテンを構成するうちのグリアジンしか持っていないため酵母で膨らませられず、乳酸菌主体のサワードウによって膨らませるが、小麦粉に比べて膨らみは悪く重いパンとなる[7]。オオムギはグルテン類をまったく持っておらず、パンは膨らまない[8]。このほか、インドチャパティなどのフラットブレッドの材料としてソルガム粉を用いたり[9]メキシコトルティーヤのようにトウモロコシ粉を用いる他、ブラジルポン・デ・ケイジョキャッサバ粉、エチオピアインジェラに用いるテフの粉など、世界各地では様々な独自の材料を用いている。

小麦粉には様々な種類があるが、パン作りに主に使用されるものは強力粉である。これは、強力粉にはグルテンが多く含まれるためよく膨らみ、ふっくらとしたパンを作ることができるためである。これに対し、あまり膨らませる必要がなくどっしりとしたフランスパンなどを作る際には、強力粉より1%ほどタンパク質の少ない準強力粉(フランス粉)が使用される。また、おもに穀物粉の違いにより、白パン(おもに精製後の小麦粉)、黒パンライ麦粉)、茶色パン全粒粉など)などの呼び名もある。

なお、世界ではあまり一般的ではないが、近年、日本においては、米農家の農業団体などからの宣伝や働きかけにより、米粉から作られる米粉パンもじわじわと増えてきている。

酵母

出芽酵母(イースト)は、小麦による発酵パンを作る際には必須の材料である。パン作りに使用される酵母は大きく分けて、工業生産された酵母と自家採捕した酵母(天然酵母)とに分けられる。工業生産されたイーストは、生イースト、ドライイースト、インスタントドライイーストの3種からなる。生イーストは一週間ほどで使用期限が過ぎてしまうため、乾燥させて長期保存が可能なドライイーストが作られた[10]。さらに予備発酵過程が不要で直接粉に混ぜ込めるインスタントドライイーストが開発された。ライ麦の場合には上記のように、乳酸菌と酵母を主体に複数の微生物を共培養させた伝統的なパン種である自家酵母種のサワードウが使われる。自家酵母種にはほかにもアンパンなどに使われるコメで作る酒種や、ホップ種、ヨーグルト種、レーズン種、ビールパンに用いられるビール酵母など、様々な酵母種が存在する[11]。なお、パン生地の発酵過程においては環境中の常在(人為添加されていない)乳酸菌は食味を改善する重要な働きをしている[12][13]

予備発酵 発酵後 後にProofing

なお、膨張剤酵母を使う以外に、ベーキングパウダーなどの化学的な膨張剤で発酵させる速成パンサワードウを使うサワードウパン、自然発酵に近い種無しパンフラットブレッドなど)がある。

パン種

その他

上記の生地材料に、必要に応じて各種材料を加える。主材料4種(穀物粉、酵母、水、食塩)のみで作られたもの、またはほかの副材料の配合が少ないものは「リーン」なパンと呼ばれ、余計な雑味が少なく穀物本来の味が生かされるために主に食事用のパンに用いられる。水は硬水よりも軟水のほうがパンが膨らみやすく良いとされる。塩には味を調えるほか、酵母の活動を遅らせたり、雑菌の活動を抑えたり、グルテンを強固にするなどの作用がある。

このほかの材料はパン作りに必須ではないが、パンの味や仕上がりに大きな影響を及ぼすため副材料としてよく使用される。砂糖鶏卵牛乳バターオリーブオイルラードショートニングなどが主に使われる副材料である。こうした副材料を多く配合したパンは「リッチ」なパンと呼ばれ、甘くふっくらと仕上がるため菓子パンなどに多く使用される。また、大規模工場での製造によくつかわれる添加物として上記の他に炭酸水素ナトリウムソルビット乳化剤イーストフード臭素酸カリウムアスコルビン酸(ビタミンC)、グリシンタンパク質サケ白子由来、大豆由来、小麦由来など)、着色料増粘多糖類などがある。

生地以外に、ナッツ類、ドライフルーツジャム、肉類、チーズ、生クリーム、類、野菜類、各種調味料などを用いる場合もある。これらは主にパンにトッピングしたり具として中に入れたりして使用する。

天然酵母表示問題

「天然酵母」との言葉に対する統一的な定義は無く、現在の日本では野生酵母を使用して製作した物品に対して使用されている事が多い[14]

「天然酵母表示問題」とは、工場由来の酵母(ドライイースト)やベーキングパウダーでは無く野生酵母を自家採集捕獲し培養した種を使用したパンに天然酵母種あるいは天然酵母などの様に天然を接頭語として使用する事で、

  1. 「自然」「安全」「ヘルシー」の優良なイメージ付け
  2. 工場由来の酵母が不健康との誤認を誘う表示

が行われている問題である[14]。背景には、日本のパン業界では「製パン用酵母」の呼称として、英語の「イースト」が慣用的に使用され、原料表示している[14]。しかし、野生酵母を独自に採集捕獲し培養してパン製造に用いる伝統的な手法は、優良株に遭遇出来た場合[15]、人為添加していない乳酸菌の作用[12] と相まって工場由来の酵母とは異なった複雑な美味しさをもったパンが生産出来ることもあるが、劣悪な野生酵母菌株に遭遇すると発酵力が弱く膨らみや風味に欠けるパンになってしまう。従って、品質安定性とコストの面から大量生産を行う工場では不安定な野生酵母は採用されずパン製造に適した株を選抜し純粋培養した「工場由来の酵母」[14][16][17] が使用されているが、この内容を正しく理解している一般消費者は少ない[14]。従って、天然酵母に変わる適切な表示が望まれるとする見解がある[14]


注釈

  1. ^ ポルトガル語発音: [ˈpɐ̃w̃]パンウン
  2. ^ 平成16年家計調査 近畿第1位 年間57.8kg 関東は47.9kg、東北・沖縄は33kg台 県庁所在地別では、1位 大津66.0kg、2位 神戸62.5kg、3位 奈良58.8kg(総務省統計局)
  3. ^ 消しゴムは紙を傷めるため、美術デッサンでもパンを使用することがある。

出典

  1. ^ イーストの作り方”. オリエンタル酵母工業株式会社. 2018年8月8日閲覧。
  2. ^ a b 藤本章人、井藤隆之、井村聡明. “伝統的パン種のおいしさと微生物の関わりについて”. 公益社団法人日本生物工学会. 2018年8月8日閲覧。
  3. ^ a b 発酵種の利用と生成する有機酸の特性”. あいち産業科学技術総合センター. 2018年8月8日閲覧。pdf
  4. ^ マントウ”. 穀物屋(穀物のセレクトショップ). 2018年8月8日閲覧。
  5. ^ Boston Brown Bread”. Simply Recipes. 2018年8月8日閲覧。
  6. ^ 「パンの文化史」p64-65 舟田詠子 講談社学術文庫 2013年12月10日第1刷発行
  7. ^ 「パンの文化史」p65-68 舟田詠子 講談社学術文庫 2013年12月10日第1刷発行
  8. ^ 「パンの文化史」p65 舟田詠子 講談社学術文庫 2013年12月10日第1刷発行
  9. ^ ビル・ローズ著 柴田譲治訳『図説:世界史を変えた50の植物』 原書房、2012年、p224
  10. ^ ドライイーストって何?”. TOMIZ. 2020年3月9日閲覧。
  11. ^ 「パンシェルジュ検定3級公式テキスト」pp66-71 実業之日本社 2009年8月20日初版第1刷
  12. ^ a b 岡田早苗、パン生地発酵と乳酸菌[前編] 日本乳酸菌学会誌 Vol.9 (1998-1999) No.1 p.5-8, doi:10.4109/jslab1997.9.5
  13. ^ 岡田早苗、パン生地発酵と乳酸菌[後編] 日本乳酸菌学会誌 Vol.9 (1998-1999) No.2 p.82-86, doi:10.4109/jslab1997.9.82
  14. ^ a b c d e f g 天然酵母表示問題に関する見解 日本パン技術研究所 (PDF)
  15. ^ 渡邉悟、篠原尚子、金井節子 ほか、「レーズンから分離した天然酵母のパン酵母としての特性」 聖徳栄養短期大学紀要 36, 1-6, 2005-12-20, NAID 110006407761
  16. ^ オリエンタル ドライイースト オリエンタル酵母工業株式会社
  17. ^ 白神こだま酵母について 株式会社サラ秋田白神
  18. ^ 「パンシェルジュ検定3級公式テキスト」pp102-110 実業之日本社 2009年8月20日初版第1刷
  19. ^ a b こむぎ粉くらぶ パンを焼こう”. 日清製粉グループ. 2018年8月8日閲覧。
  20. ^ ベンチタイムとは”. コトバンク. 2018年8月8日閲覧。
  21. ^ 「料理と食シリーズ8 パン・パン料理・パン菓子」pp122-123 旭屋出版 平成6年5月25日初刷発行
  22. ^ 敬学堂主人、『西洋料理指南』下p38左、1872年、東京、東京書林雁金屋 [1]
  23. ^ オンライン版日本国語大辞典, JapanKnowledge (2015-05-25参照)
  24. ^ 田中秀央編『羅和辞典』研究社
  25. ^ 宇田川政喜; 遠藤智子; 加藤綾子; 橋村弘美 著、日仏料理協会 編『フランス 食の事典(普及版)』株式会社白水社、2007年、495頁。ISBN 978-4-560-09202-6 
  26. ^ 三浦美鈴「県立図書館司書がお勧めする一冊: 恥ずかしい和製英語」『県立図書館だより : 秋田県立図書館広報紙』第20号、秋田県、2005年12月、2頁、NDLJP:10223366 
  27. ^ 福利麺包台北市政府観光伝播局(2018年7月19日閲覧)
  28. ^ “Archaeobotanical evidence reveals the origins of bread 14,400 years ago in northeastern Jordan”米国科学アカデミー紀要』(PNAS,July 16, 2018)2018年7月19日閲覧。
  29. ^ 参考文献:池部誠『遥かなる野菜の起源を訪ねて〜イネ・ムギ・野菜 日本への道〜』ナショナル出版
  30. ^ 参考文献:舟田詠子『パンの文化史』朝日新聞社
  31. ^ 「中世ヨーロッパ 食の生活史」pp56-57 ブリュノ・ロリウー著 吉田春美訳 原書房 2003年10月4日第1刷
  32. ^ 「中世ヨーロッパ 食の生活史」pp105-106 ブリュノ・ロリウー著 吉田春美訳 原書房 2003年10月4日第1刷
  33. ^ 「中世を旅する人びと」pp118-123 阿部謹也 平凡社 1978年6月14日初版第1刷
  34. ^ 「商業史」p123 石坂昭雄、壽永欣三郎、諸田實、山下幸夫著 有斐閣 1980年11月20日初版第1刷
  35. ^ a b c d e 山梨のパンの歴史館”. 山梨県パン協同組合 (2004年). 2023年4月26日閲覧。
  36. ^ 寺島良安 (尚順) 編「巻第百五・造醸類」『和漢三才図会 下之巻』中近堂、明17-21、1800頁https://dl.ndl.go.jp/pid/898162/1/9042023年4月26日閲覧 
  37. ^ 東北大学附属図書館企画展 展示資料”. 7) 古今名物御前菓子秘伝抄 梅村市郎兵衞編 享保3年(1718). 2023年4月26日閲覧。
  38. ^ 日本古典籍データセット
  39. ^ 米本良子「パン発祥地PR 全国・市組合 日本大通に石碑 伝統の逸品 写真も」『神奈川新聞』神奈川新聞社、2016年11月9日、16面。
  40. ^ 近代のパン発祥の地 記念碑の設置 横浜市綜合パン・米飯協同組合
  41. ^ 稲作の展開 ―明治の礎・北海道開拓 ―水土の礎
  42. ^ 明治文化史生活編 開国百年記念文化事業会
  43. ^ a b 第三編 明治時代後期『パンの明治百年史』パンの明治百年史刊行会、1970年
  44. ^ 下川耿史 『環境史年表 明治・大正編(1868-1926)』310頁 河出書房新社刊 2003年11月30日刊 全国書誌番号:20522067
  45. ^ 「好きな店で買える」『朝日新聞』昭和22年8月3日,4面
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  47. ^ 法事でも…日本一パン好き岡山の事情”. 産経新聞 (2021年6月19日). 2021年6月21日閲覧。
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  51. ^ miche コトバンク、2023年3月12日閲覧
  52. ^ What Are the Differences Between Miche & Baguette Breads? (eHow)
  53. ^ [2]
  54. ^ a b [3]
  55. ^ 小泉直「英米の俗信(5)」『愛知教育大学研究報告 人文・社会科学編』第65巻、愛知教育大学、2016年、111-119頁、hdl:10424/6488 






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