グリーンランド語 音韻

グリーンランド語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/12 09:24 UTC 版)

音韻

スラッシュ / / ではさまれた文字は音素表記、角括弧 [ ] ではさまれた文字は音声表記、三角括弧 ではさまれた文字は標準的なグリーンランド語の正書法を示す。

母音

母音ダイアグラムにおける西グリーンランド語の単母音の範囲[13]

/i/, /u/, /a/ からなるグリーンランド語の3母音体系はエスキモー・アレウト語族では典型的である。二倍母音 (double vowel) は2つのモーラに分析され、音韻論的には母音連続 (vowel sequence) であって長母音 (long vowel) ではない。正書法でも2つの母音として書かれる[14][15]。この言語にある唯一の二重母音 (diphthong) は /ai/ で、単語の末尾においてのみ現れる[16]口蓋垂子音 ([q] または [ʁ]) の前では、/i/異音的に [e], [ɛ] もしくは [ɐ] として、また /u/ は異音的に [o] もしくは [ɔ] として実現し、この2つの母音はそれぞれ e, o と書かれる(ケチュア語アイマラ語と同様)[17]。同じ環境で /a/ は後舌化して [ɑ] になる。唇音の前で /i/ は円唇化して [y] になる[17]。2つの舌頂音のあいだで /u/ は前舌化して [ʉ] になる[17]

口蓋垂子音の前における /i//u/ の異音的低め (allophonic lowering) は、現代の正書法では口蓋垂音 q, r の前で /i//u/ をそれぞれ e, o と書くことで示されている。例として、

/ui/「夫」は [ui] と発音される。
/uiqarpuq/「彼女は夫をもつ」は [ueqaʁpɔq] と発音され ueqarpoq と書かれる。
/illu/「家」は [iɬːu] と発音される。
/illuqarpuq/「彼は家をもつ」は [iɬːoqaʁpɔq] と発音され illoqarpoq と書かれる。

子音

グリーンランド語の子音は5つの調音点をもつ:歯茎硬口蓋軟口蓋口蓋垂である。音素的な有声無声の対比はもたないが、むしろ閉鎖音摩擦音かで区別する。グリーンランド語では唇・歯茎・軟口蓋・口蓋垂の調音点で閉鎖音・摩擦音・鼻音を区別する[note 2]。かつての硬口蓋摩擦音 [ʃ] は少数の方言を除いてすべて [s] に融合している[18]。唇歯摩擦音 [f]借用語においてのみ対照的である。歯茎閉鎖音 [t] は前舌高母音 /i/ の前では破擦音 [t͡s] として発音される。しばしばデンマーク語の借用語は、たとえば baaja「ビール」や Guuti「神」のようにデンマーク語の有声閉鎖音字 b d g で書かれるが、グリーンランド語ではこれらの閉鎖音は正確に /p t k/ として、すなわち [paːja], [kuːtˢi] と発音される[2]

カラーリット語(西グリーンランド語)の子音
  歯茎 硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂
閉鎖音 /p/ p /t/ t /k/ k /q/ q
摩擦音 /v/ v[note 3] /s/ s (/ʃ/)[note 4] /ɣ/ g /ʁ/ r
鼻音 /m/ m /n/ n /ŋ/ ng /ɴ/ rn
流音 /l/ l ~ [ɬ] ll
半母音 /j/ j

音韻論的制約

カラーリット語の音節は単純であり、(C)(V)V(C) の音節を許す。ここで C は子音、V は母音で、VV は二倍母音 (double vowel) または語末の /ai/ である[19]。本来語 (native word) の語頭に立ちうるのは母音または /p, t, k, q, s, m, n/ だけであり、語末は /p, t, k, q/ とまれに /n/ だけである。子音連結は音節境界上にだけ現れ、その発音は逆行同化に従い二重子音 (geminate) に変わる。クラスタにおける鼻音以外のすべての子音は無声である[20]

韻律

グリーンランド語の韻律 (prosody) は自律的範疇としては強勢 (stress) を含まない。そのかわりに、韻律声調 (tone) および持続時間のパラメータによって決定される[15]抑揚 (intonation) は音節の重さ(長さ)によって影響され、重い音節は強勢として知覚されうるようなしかたで発音される。重い音節 (heavy syllable) とは長母音を含む音節と子音連結の前の音節である。4音節以下で長母音または子音連結を含まない単語では、最終音節が強調される。4音節より多くそのすべてが軽い音節である単語では、最後から3番めの音節 (antepenultimate) が強調される。多数の重い音節を含む単語では、長母音をもつ音節のほうが子音連結の前の音節よりも重いものとみなされる[21]

二重子音は長く、ほぼ正確に単子音の2倍の持続時間で発音される[22]

直説法の節における抑揚は通常、最後から3番めの音節で上がり、2番めの音節で下がり、最終音節で上がる。疑問の抑揚は最後から2番めで上がり最終音節で下がる[21][23]

形態音韻論

グリーンランド語の音韻論は一連の同化現象によって他のイヌイット語から音韻論的に区別される。

グリーンランド語の音韻論は子音連結を許すが、2つの異なる子音からなる連結はその前者が /r/ でないかぎり許されない。連結の第1子音はつねに第2子音に同化しており、結果として二重子音となる。二重化した /tt/[ts] と発音され ts と書かれる。二重化した /ll/[ɬː] と発音される。二重化した /ɡɡ/[çː] と発音される。二重化した /ʁʁ/[χː] と発音される。二重化した /vv/[fː] と発音され ff と書かれる。/v//r/ の後では [f] とも発音されそう書かれる[24]

こうした同化の意味するところは、もっともよく知られたイヌクティトゥット語の単語のひとつである iglu(「家」)がグリーンランド語では illu であり、イヌクティトゥット語の /ɡl/ という子音連結が同化して無声歯茎側面摩擦音になるということである。そして Inuktitut という単語それじたい、カラーリット語に移されると Inuttut となる。古グリーンランド語 (Old Greenlandic) の二重母音 /au/ は同化して /aa/ となっている。

子音 /v//u//i/ または /a/ とにはさまれるとき消失している。これはつまり -va または -vi で始まる接辞は /u/ に終わる語幹に接尾されるとき [v] のない形をとるということである。

現代グリーンランド語の母音 /i/ は、エスキモー・アレウト祖語 (Proto-Eskimo–Aleut) の母音 *i と *ɪ との歴史的融合の結果である。第4の母音〔*ɪ のこと〕は古グリーンランド語ではまだ存在していたことがハンス・エーイェゼ (Hans Egede) によって証言されている[25]。現代の西グリーンランド語では本来あったこの2つの母音の差異は特定の環境において形態音韻論的に識別されうるのみである。本来 *ɪ であった母音はべつの母音に先行するときには [a] という変種をもち、特定の接尾辞の前では消失することがある[26]

子音連結の同化が発生するその度合は、現在でも二重化しない若干の子音連結を許している極地エスキモー語(イヌクトゥン語)を、西ならびに東グリーンランド語から分離する重要な方言的特徴である。東グリーンランド語(トゥヌミート語)はたとえば [ɬː] から [tː] へのように、いくつかの二重子音を移行させている。トゥヌミート語ではたとえば、カラーリット語なら Illoqqortoormiut になるであろう町の名前が Ittoqqortoormiit となっている[11][12]


注釈

  1. ^ Namminersornerullutik Oqartussat / Grønlands Hjemmestyres(グリーンランド自治政府)によると、「言語。公用語はグリーンランド語およびデンマーク語……。グリーンランド語は学校で用いられ、大部分の町や居住地で支配的な言語である」(« Language. The official languages are Greenlandic and Danish... Greenlandic is the language [that is] used in schools and [that] dominates in most towns and settlements ») という。[1](2016年11月5日現在はリンク切れ)
  2. ^ 口蓋垂鼻音 [ɴ] はすべての方言では見られず、音素としてのその地位には方言的差異がある (Rischel 1974:176–181)。
  3. ^ ff は無声化した重子音 /vv/ の書きかたであり、それ以外では f は借用語にのみ現れる。
  4. ^ /ʃ/ は若干の方言でのみ見られ、標準語にはない。

出典

  1. ^ a b Law of Greenlandic Selfrule (see chapter 7)[2] (デンマーク語)
  2. ^ a b c Rischel, Jørgen. Grønlandsk sprog.[3] Den Store Danske Encyklopædi Vol. 8, Gyldendal
  3. ^ a b Goldbach & Winther-Jensen (1988)
  4. ^ Iutzi-Mitchell & Graburn (1993)
  5. ^ Michael Jones, Kenneth Olwig. 2008. Nordic Landscapes: Region and Belonging on the Northern Edge of Europe. U of Minnesota Press, 2008, p. 133
  6. ^ Louis-Jacques Dorais. 2010. The Language of the Inuit: Syntax, Semantics, and Society in the Arctic. McGill-Queen's Press – MQUP, p. 208-9
  7. ^ UNESCO Interactive Atlas of the World’s Languages in Danger
  8. ^ Greenland”. CIA World Factbook (2008年6月19日). 2008年7月11日閲覧。
  9. ^ Sermersooq will secure Eastern Greenlandic” (Danish). Kalaallit Nunaata Radioa (2010年1月6日). 2010年5月19日閲覧。
  10. ^ Fortescue (1991) passim
  11. ^ a b Mennecier (1995) p. 102
  12. ^ a b Mahieu & Tersis (2009) p. 53
  13. ^ Fortescue, Michael (1990), “Basic Structures and Processes in West Greenlandic”, in Collins, Dirmid R. F., Arctic Languages: An Awakening, Paris: UNESCO, p. 317, ISBN 92-3-102661-5, http://unesdoc.unesco.org/images/0008/000861/086162e.pdf 
  14. ^ Rischel (1974) pp. 79 – 80
  15. ^ a b Jacobsen (2000)
  16. ^ Bjørnum (2003) p. 16
  17. ^ a b c Hagerup, Asger (2011). A Phonological Analysis of Vowel Allophony in West Greenlandic. NTNU 
  18. ^ Rischel (1974) pp.173–177
  19. ^ Fortescue(1984) p. 338
  20. ^ Sadock (2003) pp. 20–21
  21. ^ a b Bjørnum (2003) pp. 23–26
  22. ^ Sadock (2003) p. 2
  23. ^ Fortescue (1984) p. 5
  24. ^ Bjørnum,(2003) p. 27
  25. ^ Rischel (1985) pp. 553
  26. ^ Underhill (1976)
  27. ^ Grønlands sprognævn (1992)
  28. ^ Petersen (1990)
  29. ^ http://www.evertype.com/alphabets/greenlandic.pdf
  30. ^ Greenlandic morphological analyser and orthographic converter






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「グリーンランド語」の関連用語

グリーンランド語のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



グリーンランド語のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのグリーンランド語 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS