アライグマ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/04 05:05 UTC 版)
アライグマ | |||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
アライグマ Procyon lotor
| |||||||||||||||||||||||||||
保全状況評価[1] | |||||||||||||||||||||||||||
LEAST CONCERN (IUCN Red List Ver.3.1 (2001)) | |||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||
学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Procyon lotor (Linnaeus, 1758)[1][2][3] | |||||||||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||||||||
Ursus lotor Linnaeus, 1758[1] | |||||||||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||||||||
アライグマ[2][3] | |||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||
Common raccoon[2] Northern raccoon[1] Raccoon[3] |
原産地はメキシコ、アメリカ合衆国、カナダ[5]。これらの原産地では重要な狩猟獣となっている[5]。
分布
アメリカ合衆国、エルサルバドル、カナダ、グアテマラ、コスタリカ、ニカラグア、パナマ北部、ベリーズ、ホンジュラス、メキシコに自然分布[1]。分布の北限は18世紀にはアメリカ合衆国南部であったが、農地の拡大等によりカナダ南部まで北上している[5]。
ヨーロッパには1930年代に毛皮獣として移入された[5]。ドイツやフランスなどのヨーロッパ諸国、旧ソ連のベラルーシやアゼルバイジャン、西インド諸島といった国々にも外来種として定着している[4][6]。
日本では1962年に岐阜県で野生化が始まったとする説があり、その後1970年代に多く輸入・飼育されるようになり、それに伴って逃亡や放獣などによる野生化が各地で発生したとみられている[5]。
形態
頭胴長(体長)41.5 - 60センチメートル[2]。尾長20 - 40.5センチメートル[2]。体重2 - 22キログラム[2]。飼育下では体重が20 kgに達するものもいる[4]。
灰褐色の体毛をもち、眼のまわりから頬にかけて黒い斑紋がある。タヌキと誤認されることが多いが、タヌキとの違いとして長いふさふさとした尾には黒い横縞があるのが大きな特徴である[7]。また、足が黒いタヌキやニホンアナグマと比べて、アライグマの足は白っぽく、耳には白い縁取りがある[8]。さらに、クマなどと同じく、かかとをつける蹠行性(しょこうせい)という歩き方をするため、足跡は人の子供の手のような長い5本の指がくっきりとつく[7]。この特徴は、本種と他の哺乳類とを識別する重要なポイントとなる。
乳頭数は、胸部・腹部・鼠蹊部にそれぞれ1対、計6つとなり、まれに8つの乳頭をもつ個体が確認される[9]。
-
眉間には黒い筋模様があり、目立つ白いひげをもつ
-
足跡
-
頭骨
生態
森林や湿地・農耕地、都市部などの、幅広い環境に生息する[3]。アメリカにおける都市部への生息範囲の拡大は顕著で、最初の都市部への定着報告は1920年代に始まり、ワシントンD.C、ニューヨーク、シカゴ、トロントなど各地の都市に拡大している[10]。夜行性[2][3]。自分で巣を掘ることはなく、他の動物が地中に掘った巣穴、木の洞、時には農家の納屋や物置などで休む[11]。
四肢に水掻きはないが泳ぐことが可能で、後ろ足で立つこともでき、木登りもうまく立体的な行動をみせる[12]。
行動圏は基本的に直径1-3キロメートルの範囲で、都市近郊に暮らす個体群は狭くなり、低い個体数密度では逆に拡大するといったように環境条件によって変化する[13][14]。オスの行動圏のほうが広く排他的で、その中に複数のメスの行動圏が共有している[15]。
寒い地方に棲む個体は気温がマイナス4度以下になると冬ごもり(半冬眠)を行う[15]。これは真の冬眠とは異なるが、活動は大きく減退する[15]。
雑食性で、両生類、爬虫類、魚類、鳥類(卵)、哺乳類(死骸を含む)、昆虫類、 甲殻類、その他の無脊椎動物、植物(果実など)と非常に幅広い食性を示す。水生生物の中では、とくにザリガニ類を好む[10][13]。具体的に捕食対象となる生物は、両生類の場合はサンショウウオやカエル、昆虫を含む無脊椎動物の場合は甲虫、トンボ(幼虫・成虫とも)、バッタ、アリ、ハチ、水生カメムシ類、ミミズ、カタツムリなどで、魚類の場合はブラックバス、コイ、ナマズ、ウナギ、パイク、マスなどが挙げられる[13]。爬虫類はあまり捕食しないが、まれにヘビやトカゲを食べることがあり、変わったところではウミガメの卵を餌とする事例もある[13]。海岸沿いに生息するアライグマは、二枚貝(カキやイガイ)、エビ、カニ、ウニなどを食べ、テキサス州のメキシコ湾近辺ではシオマネキを主食としている[13]。齧歯類を捕食することもあり、ときにはイノシシやシカの死骸を食べる姿も観察されている[16]。また、人間の居住地近くでは、生ごみを利用するアライグマもいる[17]。英語圏では、ゴミを漁る様子と、パンダに似た色模様から、trash panda(ゴミパンダ)の俗称がある。ちなみに、アライグマを罠で捕獲する際の誘引餌には、スナック菓子(キャラメルコーン)やマヨネーズ、揚げパンといった人間の食べ物を用いがま二本脚で歩き持っていくこともある[12]。
和名は、視覚があまりよくなく、また掌の触覚が非常によく発達しており、前足を水中に突っ込んで獲物を探る姿が手を洗っているように見えることから[18][19]。種小名lotorは、ラテン語で「洗うもの」の意[2]。よく知られているものを水につけて洗うような行動は、水辺で獲物を捕るという通常の行為が飼育下などの抑制された環境下で発現したものか、また水が無くとも乾燥した食物をこする行動が報告されていることから、「洗う」というよりは「手で物を感じる」ことに関連があるようである[要検証 ][20]。
雌は1歳、雄は2歳で成熟し、2歳以上の妊娠率はほぼ100%といわれている[8][18]。繁殖期は広域分布するため地域変異が大きく、アメリカ合衆国では12月から8月で主に2 - 3月に交尾を行う[2]。妊娠期間は60 - 73日[2]。1 - 7頭(主に3 - 4頭)の幼獣を生む[2]。1度目の繁殖に失敗しても2度目の発情が存在し、その場合は夏に出産する[15]。それぞれ個別の縄張りを持つ複数の雄がその縄張りと交差する行動範囲(雄の縄張りとは不一致)を持つ複数の雌と交尾出産する多夫多妻制であり従来一夫多妻と言われていたのは雄の縄張りと交差することなくむしろレアケースとして雄の縄張り内に雌の行動範囲が限定された場合に限られている、雌が子育てをする[4]。
ピューマ・コヨーテ・オオカミ・クマ・クズリ・ワシミミズク・アメリカワニ・ミシシッピワニなどの天敵は一応存在するものの[20][21]、アライグマにとって最も脅威となる生物は人間である。アイオワ州における事例では、死因の判明しているアライグマのうち、78%が狩猟や駆除、10%が交通事故によって死亡していた[13]。寿命は最も長いもので野生下では13-16年、飼育下では22.5年という記録があり、幼獣の死亡率も低い[8]。ただし、北米など狩猟が行われている地域の野生個体群の平均年齢は2歳以下とされる[5]。
- ^ a b c d e Timm, R., Cuarón, A.D., Reid, F., Helgen, K. & González-Maya, J.F. 2016. Procyon lotor. The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T41686A45216638. doi:10.2305/IUCN.UK.2016-1.RLTS.T41686A45216638.en. Downloaded on 28 December 2020.
- ^ a b c d e f g h i j k 中里竜二 「アライグマ科の分類」『世界の動物 分類と飼育2 (食肉目)』今泉吉典監修、東京動物園協会、1991年、58 - 66頁。
- ^ a b c d e 米田政明 「アライグマ」『日本の哺乳類【改訂2版】』阿部永監修 東海大学出版会、2008年、79頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l 池田透「北海道における移入アライグマ問題の経過と課題」『北海道大學文學部紀要』第47巻第4号、北海道大學文學部、1999年3月、149-175頁、ISSN 04376668、NAID 120000952578、2022年2月23日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 鮫島弘光、坂田宏志. “国内・国外の事例について(兵庫ワイルドライフモノグラフ1号)”. 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター. 2022年2月23日閲覧。
- ^ a b 山崎晃司, 佐伯緑, 竹内正彦「茨城県でのアライグマの生息動向と今後の管理課題について」『茨城県自然博物館研究報告』第12号、ミュ-ジアムパ-ク茨城県自然博物館、2009年11月、41-49頁、ISSN 13438921、NAID 40016938071、2021年6月1日閲覧。
- ^ a b 小宮輝之『フィールドベスト図鑑 日本の哺乳類』学習研究社、2002年3月29日、152-153頁。ISBN 4-05-401374-0。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 環境省 自然環境局 野生生物課 外来生物対策室 (2011年). “アライグマ防除の手引き(計画的な防除の進め方” (PDF). 2011年7月10日閲覧。[リンク切れ]
- ^ S. D. Ohdachi, Y. Ishibashi, M. A. Iwasa, and T. Saitoh (2009-07). The Wild Mammals of Japan. Shoukadoh. ISBN 978-4-87974-626-9
- ^ a b c d C. E. Adams and K. J. Lindsey (2010). Urban Wildlife Management Second Edition. CRC Press. pp. [要ページ番号]. ISBN 978-1-4398-0460-5
- ^ a b c d e 揚妻 柳原 芳美「愛知県におけるアライグマ野生化の過程と今後の対策のあり方について」『哺乳類科学』第44巻第2号、日本哺乳類学会、2004年12月、147-160頁、doi:10.11238/mammalianscience.44.147、ISSN 0385437X、NAID 10014271259。
- ^ a b 門崎允昭『野生動物調査痕跡学図鑑』北海道出版企画センター、2009年10月20日、370-372頁。ISBN 978-4832809147。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p Samuel I. Zeveloff (2002-02-17). Raccoons : A Natural History. Smithsonian Institution. pp. [要ページ番号]. ISBN 978-1588340337
- ^ a b 池田透, 遠藤将史, 村野紀雄「野幌森林公園地域におけるアライグマの行動圏」『酪農学園大学紀要 自然科学編』第25巻第2号、酪農学園大学、2001年2月、311-319頁、ISSN 0388001X、NAID 110002970119。
- ^ a b c d 揚妻 柳原 芳美「愛知県におけるアライグマ野生化の過程と今後の対策のあり方について」『哺乳類科学』第44巻第2号、日本哺乳類学会、2004年12月、147-160頁、doi:10.11238/mammalianscience.44.147、ISSN 0385437X、NAID 10014271259。
- ^ a b c d e Henryk Okarma「ポーランドのアライグマ概観」(PDF)、2011年8月16日閲覧。
- ^ a b 矢部辰男、渋谷良文「鎌倉市内の一寺院におけるアライグマの侵入防止工事と糞内容物分析」『ペストロジー』第22巻第1号、日本ペストロジー学会、2007年4月30日、13-14頁、NAID 110007328461。
- ^ a b c 多紀保彦(監修) 財団法人自然環境研究センター(編著)『決定版 日本の外来生物』平凡社、2008年4月21日、52-53頁。ISBN 978-4-582-54241-7。
- ^ 成紀, 高槻; 昌彦, 久保薗; 正人, 南 (2014). “横浜市で捕獲されたアライグマの食性分析例”. 保全生態学研究 19 (1): 87–93. doi:10.18960/hozen.19.1_87 .
- ^ a b c d 池田透「移入アライグマの管理に向けて(<特集>国外外来種の管理法)」『保全生態学研究』第5巻第2号、日本生態学会、2000年1月15日、159-170頁、NAID 110007643291。
- ^ a b c 池田透『外来生物が日本を襲う!』青春出版社〈青春新書〉、2007年2月15日、[要ページ番号]頁。ISBN 978-4-413-04166-9。
- ^ 『「ラクーン」の表記に関して(3)』(プレスリリース)日本毛皮協会、2007年11月15日 。2017年12月21日閲覧。
- ^ “シカ、イノシシ、アライグマ……? 産地直送「ジビエ」の焼肉専門店が中目黒にオープン”. 東京バーゲンマニア. J-CAST (2016年2月7日). 2017年4月15日閲覧。
- ^ a b c 鈴木欣司『日本外来哺乳類フィールド図鑑』旺文社、2005年7月20日、[要ページ番号]頁。ISBN 4-01-071867-6。
- ^ a b c d e f g 池田透「アライグマ対策の課題」『哺乳類科学』第46巻第1号、日本哺乳類学会、2006年6月、95-97頁、doi:10.11238/mammalianscience.46.95、ISSN 0385437X、NAID 10017603645。
- ^ 外来生物法の概要
- ^ a b “ペット動物販売業者用説明マニュアル (哺乳類・鳥類・爬虫類)” (PDF). 環境省. pp. 54-55. 2017年5月11日閲覧。
- ^ Gehrt, S. D. 2003. Raccoons Procyon lotor and allies.p. 611-634. In: Wild mammals of North America: biology, management, and conservation. 2nd ed. (G. A. Feldhamer, B. C. Thompson, and J. A. Chapman, eds.), Johns Hopkins University Press, Baltimore, Maryland.
- ^ 『日経サイエンス2004年11月号 「外来動物ミニ図鑑 野に放たれたラスカルたち」』日経サイエンス、2004年11月1日、[要ページ番号]頁。
- ^ ペットが捨てられ野生化、激増するアライグマ…捕獲数は20年前の20倍超「街にもすみ着くとは」(読売新聞2023年10月13日)
- ^ J. C. Beasley and O. E. Rhodes Jr (2008). “Relationship between raccoon abundance and crop damage” (PDF). Human-Wildlife Conflicts 2 (2): 248-259 2011年7月11日閲覧。.
- ^ 金田正人・加藤卓也「外来生物アライグマに脅かされる爬虫両生類」(PDF)『爬虫両棲類学会報』第2号、2011年、148-154頁、2011年12月18日閲覧。[リンク切れ]
- ^ 小賀野大一、小林頼太、小菅康弘、篠原栄里子、長谷川雅美 (2010年3月). “淡水性カメ類の被食被害:房総半島における発生事例”. 日本生態学会. 2017年5月11日閲覧。
- ^ a b 村上興正・鷲谷いづみ(監修) 日本生態学会(編著)『外来種ハンドブック』地人書館、2002年9月30日、pp.26-27,70,226頁。ISBN 4-8052-0706-X。
- ^ 吉識綾子, 的場洋平, 浅川満彦, 高橋樹史, 中野良宣, 菊池直哉「北海道のアライグマからのレプトスピラの分離と抗体調査」『獣医疫学雑誌』第15巻第2号、獣医疫学会、2011年、100-105頁、doi:10.2743/jve.15.100、ISSN 1343-2583、NAID 130002098847。
- ^ 三根恵, 松本淳, 加藤卓也, 羽山伸一, 野上貞雄「神奈川県三浦半島に生息するアライグマの消化管内寄生蠕虫相に関する研究」『日本野生動物医学会誌』第15巻第2号、日本野生動物医学会、2010年9月、101-104頁、doi:10.5686/jjzwm.15.101、ISSN 13426133、NAID 10026743997。
- ^ エキノコックス症とは IDWR 2001年第48号掲載
- ^ 川中正憲、杉山広、森嶋康之 (2002年10月). “アライグマ回虫による幼虫移行症”. 感染症発生動向調査週報. 国立感染症研究所. 2005年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月11日閲覧。
- ^ “アライグマにご注意を!”. 尼崎市. 2017年5月11日閲覧。
- ^ a b 哺乳類保護管理専門委員会「移入哺乳類への緊急対策に関する大会決議」『哺乳類科学』第39巻第1号、日本哺乳類学会、1999年6月、115-129頁、doi:10.11238/mammalianscience.39.115、ISSN 0385437X、NAID 10013370806。
- ^ 阿部豪, 青柳正英, 的場洋平, 佐鹿万里子, 車田利夫, 高野恭子, 池田透, 立澤史郎「北海道におけるアライグマ捕獲のためのEggTM Trapの有効性と混獲防止効果の検証」『哺乳類科学』第46巻第2号、日本哺乳類学会、2006年12月、169-175頁、doi:10.11238/mammalianscience.46.169、ISSN 0385437X、NAID 10018467874。
- ^ a b c 池田透, 村上興正「移入哺乳類問題に対する学会声明に向けて : 野生化動物問題ネットワーク第4回研究会野生生物の保護に関する法体制検討会」『哺乳類科学』第38巻第1号、日本哺乳類学会、1998年10月、204-208頁、doi:10.11238/mammalianscience.38.204、ISSN 0385437X、NAID 10017519870。
- ^ 種生物学会『外来生物の生態学 進化する脅威とその対策』文一総合出版、2010年3月31日、315-317頁。ISBN 978-4-8299-1080-1。
固有名詞の分類
- アライグマのページへのリンク