音楽の手法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 03:22 UTC 版)
国歌に愛国的な歌詞や他国を攻撃するような歌詞、元首を称える歌詞を挿入し、繰り返し聞かせ、また歌わせることで洗脳していく。また、イギリスにおける「希望と栄光の国」やアメリカにおける「ゴッド・ブレス・アメリカ」などの「第2国歌」的な「愛国歌」や、共産主義国における「インターナショナル」のような「革命歌」や「党歌」をあえて制作し、戦時のみならず平時においても、国威発揚のためのツールとして、国家とともに様々な場面で流したり合唱させることも多い。いわゆる「軍歌」もこの手法の1つと言える。 日本でも戦時になると、庶民的人気を誇る「流行歌」に対する厳しい取り締まりが行われ、戦意高揚を狙った戦時歌謡や軍国歌謡が政府や軍の主導だけでなく民間でも自主的に製作され、ラジオを通じて放送された。戦後になると、左派による「うたごえ運動」として反戦歌、労働歌や革命歌などが広く歌われ、左派の政治活動と深く結びついた。 敵国の音楽を悪い文化の象徴であると喧伝する手法もあり、ナチス・ドイツではアメリカで始まり1920年代にはイギリスでも流行していたジャズをシュレーゲムジーク(ドイツ語で「変な音楽」の意)と呼び、アメリカ人が広める退廃的な文化であるというプロパガンダを流していた。ソビエト連邦など共産主義国家でも同様にジャズやロックなどの西側の音楽を敵視するプロパガンダを流していた。 ソ連や共産主義国家においては社会主義革命を正当化させ、人民の団結を奨励する「革命歌」が作られた。これらの曲は、事実上の共産党の「党歌」であり、他の共産主義国のみならず、資本主義国における左翼的な労働組合運動においても歌われることがあった。なお、ドイツのナチス党も「旗を高く掲げよ」のような「党歌」を国家内に広めた。 軍隊においても愛国心や団結精神の高揚を狙った隊歌が部隊単位で制作され、式典の際に唱和される。 代表的な「第2国歌」や「革命歌」、「党歌」としては、次のようなものがある。 「ラ・マルセイエーズ」:フランス国歌だが、元はマルセイユの義勇部隊の隊歌であった。 「威風堂々」(希望と栄光の国):イギリスの愛国歌、なお、現在この曲がイギリスの公共放送局である英国放送協会(BBC)で流される時には、エリザベス2世女王の画像が必ず同時に流される。 「ルール・ブリタニア」:イギリスの愛国歌 「旗を高く掲げよ」:ドイツ、ナチス党の党歌。ナチス政権下では国歌に準じる扱いを受けた。(ホルスト・ヴェッセルの歌とも) 「ゴッド・ブレス・アメリカ」:アメリカ合衆国の愛国歌 「星条旗よ永遠なれ」:アメリカ合衆国の公式行進曲 「インターナショナル」:ソ連及び共産主義国家、共産党における革命歌、党歌 「東方紅」:中華人民共和国の愛国歌 「ワルチング・マチルダ」:オーストラリアの愛国歌 かつて日本においても、君が代に代わり得る新国歌や第2国歌を作る幾つかの運動が起こり、各種の企業・団体が公募などで集めた歌より選び、世に広めようとしたが、GHQの占領政策の影響もあり、その後の世代に伝えられなかった。 「愛国行進曲」:1937年(昭和12年) 「海行かば」:1937年(昭和12年)、当時の日本政府が国民精神強調週間を制定した際のテーマ曲。敗戦までの間、玉砕を伝える大本営発表等のニュース映画で流された。 「われら愛す」:1953年(昭和28年)、壽屋(現・サントリーホールディングス)社長佐治敬三が中心となって呼びかけ公募された。 「若い日本」 「緑の山河」:1951年(昭和26年)1月、日本教職員組合(日教組)が『君が代』に代わるものとして公募し選定した。曲は軍歌調。 「この土」
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