鉄道・航空事故での刑事責任追及の問題点
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 06:37 UTC 版)
「業務上過失致死傷罪」の記事における「鉄道・航空事故での刑事責任追及の問題点」の解説
日本では現在国土交通省の審議会の一つである運輸安全委員会が、鉄道事故・航空事故の原因究明、および今後の事故防止のために、必要な事故調査研究を行っている。しかし現行制度では、主に業務上過失致死傷罪の容疑による刑事捜査が優先されるため、個人責任の追及に晒された当事者や関係者は、被疑者・被告人に日本国憲法第38条で認められた黙秘権の行使を促すこととなり、事故原因の究明が妨げられ、鉄道・航空安全の向上に資する機会を失していると批判されている。実際、航空機のトラブルを調査する事故調査委員会の調査官は「証言が捜査や刑事裁判で不利に利用される恐れがある」として、乗員から証言拒否に遭う。 1985年(昭和60年)8月12日の日本航空123便墜落事故では、製造元のボーイングに日本の捜査官がアメリカ合衆国に渡航し、事情聴取を試みたものの、免責事項が無い日本の法律と、刑事責任の追及を懸念され、ボーイングや同社社員は聴取や証言を拒否し、アメリカ合衆国連邦政府も刑事責任追及の捜査に対しては協力しなかったため、事故調査報告書も、墜落機のトラブルに至る詳しい経緯には踏み込めなかった。 事故当時の運輸省次席航空事故調査官で、JAL123便事故調査報告書を執筆した藤原洋は、事故後30年経った2015年(平成27年)のインタビューにおいて「事故調査の目的は(処罰でなく)再発防止だ。調査を捜査に活用することが、本当に事故防止に役立つのか、真剣に考える時が来ているのではないか」と述べている。 しかし、日本の被害者・遺族は、事故の当事者に対する処罰感情が未だに強い。2000年(平成12年)3月8日に起きた営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故で、東京地方検察庁は、起訴は困難という結論に達し、被害者・遺族に対して理由を説明したが、「納得できない」「誰も責任を問われないなんておかしい」という声が挙がったり、説明に納得せず、厳しい処罰感情を露わにする人がいた。ある検察幹部は、日本では、被害者・遺族の徹底究明を望む気持ちを受けて、航空事故を捜査対象としてきたが、根本的な検討が必要になってきていると述べている。 2001年、静岡県焼津市上空で発生した日本航空ニアミス事故で、業務上過失傷害罪に問われた東京航空交通管制部の航空管制官2人に対し、2006年3月、東京地方裁判所は無罪を言い渡したが、事件を担当した東京地方検察庁検事の伊丹俊彦は判決を聞き、「指示を間違えた管制官が無罪なら、一体、誰に責任があったのか」と割り切れない気持ちを抱いた。100人が負傷した事実を重視する伊丹俊彦には、複雑な航空システムの不備にすり替えて済む事故ではないと思えてならなかった。 日航機乱高下事故で、判決時に名古屋地方検察庁の次席検事だった南部義広は無罪判決を受け、専門性が高い職業こそ、基本的なミスで重大な結果を生じさせたら刑事責任を問われるべき、判決は到底納得できないと述べている。 また、刑事捜査の際の証拠物件の押収も、また事故調による調査の妨げとなり、真の原因究明とは程遠い結果を招くとの批判がある。航空事故に関して、日本では事故調査の結果は、警察の捜査に活用される。旧運輸省は1972年(昭和47年)、警察庁との間で「事故調査委員会が警察から鑑定依頼を受けた場合は、鑑定を応じる」と定めた覚書を交わした。 そのため、事故調査機関の調査資料が刑事捜査資料として使われることがあり、国際民間航空条約に違反しているとの批判がある。1997年、三重県上空で発生した日航機乱高下事故で、2004年7月、名古屋地方裁判所は、判決の中で、事故調査委員会の報告書を刑事裁判の証拠にするのは、鑑定書に準ずるもので証拠能力があると肯定している。ただしアメリカ合衆国では、事故を起こした航空会社が司法による犯罪捜査から免責されているわけではない。また、個人に刑事責任を問わないのは、雇用者である航空会社が、個人の責任と補償を請け負うことが、そもそもの前提になっているからである。 アメリカ合衆国の航空事故調査は、アメリカ同時多発テロ事件の様に、アメリカ合衆国司法省長官が特別に事件性を認定した場合、NTSBが調査した後で、調査資料と事故捜査がFBIに移管され、司法機関が事件捜査を引き継ぐことはある。
※この「鉄道・航空事故での刑事責任追及の問題点」の解説は、「業務上過失致死傷罪」の解説の一部です。
「鉄道・航空事故での刑事責任追及の問題点」を含む「業務上過失致死傷罪」の記事については、「業務上過失致死傷罪」の概要を参照ください。
- 鉄道・航空事故での刑事責任追及の問題点のページへのリンク