郡上一揆とは?

郡上一揆

読み方:グジョウイッキ(gujouikki)

江戸時代宝暦年間美濃国郡上藩領で起きた一揆


郡上一揆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/03 06:03 UTC 版)

郡上一揆(ぐじょういっき)は、江戸時代美濃国郡上藩(現岐阜県郡上市)で宝暦年間に発生した大規模な一揆のことである。郡上藩では延宝年間にも年貢引き上げに藩内部の路線対立が絡んだ一揆が発生したが、一般的には郡上藩主金森氏が改易され、老中若年寄といった幕閣中枢部の失脚という異例の事態を招いた宝暦期の一揆を指す。


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注釈

  1. ^ 岐阜県(1968年)によれば、延宝の一揆終結後、藩当局者は一揆のことを「笑止千万」と突き放しており、これは約70年後の宝暦期に発生した郡上一揆との時代背景の差が見られると指摘している。
  2. ^ 野田、鈴木(1967)、白石(2005)によれば、年貢の徴収が基本的に定量である定免法に対して、有毛検見法では農民にそれぞれの耕作地の単位当たりの収穫量を提出させ、その後に役人が坪刈りと呼ばれる田の刈り取りを行った上で実際の収量を調査し、農民たちの申告との差を確認し、農民の申告と収穫量調査の結果を平均して領地の全収量を把握した上で年貢額を決定する方式で、収量を細かく把握して年貢額を決定する方式であるため、農民たちが努力して単位あたりの収量を上げた成果を確実に把握されるため増税につながる上に、役人が行う坪刈りの内容如何で税額を上げることが可能である年貢徴収法であった。
  3. ^ 大賀(1980)によれば、これは延享2年(1745年)に天領で開始された有毛検見法の導入を指しており、郡上藩領でも幕府の定めた年貢徴収法に倣うべきであるとの主張の根拠とされた。
  4. ^ 宝暦4年8月10日(1754年9月26日)の強訴時に集結した農民の数については、数百人とする資料から多いものでは3000人とする資料もある。高橋(2005)は、郡上領内各村の動員は100石につき3名とする資料から、約500人であったと推定している
  5. ^ 高橋(2005)によれば、郡上一揆では藩側に立つ反一揆派を寝者と呼ぶが、これは立者と呼ばれた一揆勢が付けた呼び名であり、反一揆側は自らのことを定法者と呼んだ。
  6. ^ 白鳥町教育委員会(1976)、白石(2005)によれば、30ヵ村との記録もある
  7. ^ 高橋(2005)は、三家老の免許状について小野村庄屋の次郎兵衛が郡上藩役人の熊崎幸左衛門に手渡したとする。他の参考文献は全て、書類を受け取った笠松陣屋からの飛脚から大勢の農民が書類を奪い取ったとの記述であるため、本文ではその記述を採用する。
  8. ^ 白石(2005)は、那留ヶ野での盟約で傘連判状が作成されたはと断定できず、血判状などであった可能性を指摘している。他の文献では傘連判状とされているため、ここでは傘連判状を作成したとの記述とする。
  9. ^ 大賀(1980)は金森頼錦の次男である井上正辰邸に書状を提出したとしているが、野田、鈴木(1967)19頁、白鳥町教育委員会(1976)、大石(2001)、白石(2005)、高橋(2005)は頼錦の弟のところに提出したとしており、ここでは藩主頼錦の弟との記述とする。
  10. ^ 郡上一揆と石徹白騒動は同時期に同じ地域で発生した大事件ではあるが、背景や経緯が異なる別個の事件であり、正式に連携して行動したことはないとされるが、大石(2001)は、一揆が最も激しかった上之保筋と石徹白が隣接していることから、両者に何らかの連携があったのではと推測している。
  11. ^ 白石(2005)は、宝暦5年12月18日(1756年1月19日)は本願主である東気良村善右衛門、切立村喜四郎の2名のみ町奉行に呼び出され、吟味を受けた後に宿預けとなり、宝暦6年2月2日(1756年3月2日)に改めて5名が呼び出された上で吟味を受け、終了後5名揃って宿預けになったとする。ここでは野田、鈴木(1967)、高橋(2005)の記述に従い、宝暦5年12月18日(1756年1月19日)に5名の駕籠訴願主全員が町奉行の吟味を受け、終了後宿預けとなったとの記述を採用する。
  12. ^ 野田、鈴木(1967)、白鳥町教育委員会(1976)、白石(2005)、高橋(2005)によれば、駕籠訴人5名と村方三役代表30名への帰国申し渡しは宝暦5年12月16日(1757年2月4日)と、宝暦5年12月23日(1757年2月11日)という資料がある
  13. ^ 白石(2005)によれば、正ヶ洞村の庄屋であった伊兵衛は一揆勢から寝者の代表格の1人とされていたが、正ヶ洞村自体は立者、寝者の対立から一線を画し、独自の中立を守ったとしている。
  14. ^ 甚助は後の目安箱への箱訴訴状によれば、年貢を納めるための借用をしようと郡上八幡にやって来たとするが、白石(2005)によれば、藩側から明方筋、下川筋の村方三役が藩側より呼び出されたことを聞きつけ、情報収集のため郡上八幡城下にやって来たとする資料もある。
  15. ^ 八幡町役場(1987)、高橋(2005)は宝暦8年2月23日の出来事とする、ここでは野田、鈴木(1967)、白鳥町教育委員会(1976)、白石(2005)の採用する2月24日とする。
  16. ^ 増援は約50名であったとの説もある。野田、鈴木(1967)、白鳥町教育委員会(1976)では50人説を採用している。ここでは白石(2005)、高橋(2005)の採用する、約20名増員で総勢50-60名との説とする。
  17. ^ 切立村喜四郎、前谷村定次郎からの書状では、問題の訴訟が宝暦8年3月20日(1758年4月27日)に実行した追訴のことか、それとも宝暦8年4月2日(1758年5月8日)と宝暦8年4月11日(1758年5月17日)に実行された目安箱への箱訴を指すのかがはっきりせず、白石(2005)は追訴の実行、野田、鈴木(1967)、白鳥町教育委員会(1976)は箱訴の実行を指しているとする。ここでは訴訟を進めるための人材という記述とする。
  18. ^ 白石(2005)によれば、当初御詮議懸りに任命されていた勘定奉行菅沼定秀は前日の宝暦8年12月24日(1759年1月22日)に死去しており、後任の御詮議懸りに任命された稲生播磨守が出席した。

出典

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