豊川茜稲荷神社とは? わかりやすく解説

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茜社

(豊川茜稲荷神社 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/01 05:00 UTC 版)

茜社
所在地 三重県伊勢市豊川町274番地
位置 北緯34度29分10.6秒 東経136度42分26.2秒 / 北緯34.486278度 東経136.707278度 / 34.486278; 136.707278 (茜社)座標: 北緯34度29分10.6秒 東経136度42分26.2秒 / 北緯34.486278度 東経136.707278度 / 34.486278; 136.707278 (茜社)
主祭神 天牟羅雲命
蛭子命
社格 旧村社
山田産土神八社
創建 一条天皇御世(986年)以前
別名 あこねさん
例祭 7月15日
主な神事 御頭神事(1月15日
地図
茜社
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茜社(あこねやしろ)は、三重県伊勢市豊川町に鎮座する神社山田産土神八社の1社で、近代社格制度に基づく旧社格は村社[1]

伊勢神宮豊受大神宮(外宮)の宮域内に鎮座するが、伊勢神宮の所管する神社ではない[2]地域住民からは「あこねさん」と呼び親しまれている[3]

概要

601(約1,987m2)ある境内は、東・南・西の三方を外宮宮域の勾玉池(まがたまいけ)に囲まれている[4]。社名の「あこね」は鎮座地周辺の古い地名である赤畝(あかうね)に由来する[5]。茜社境内には豊川茜稲荷神社と天神社(茜牛天神)2社も鎮座する[3]

宮司2012年(平成24年)10月1日より鈴木瑞穂が務める[3]。鈴木は伊勢市の神社で初めての女性宮司である[3]

信仰

氏子地域は豊川町、藤里町、旭町[4]。本殿に至る参道には多くの鳥居が立ち並び、崇敬者によって奉納された無数のキツネの置き物が境内を埋め、信仰の厚さが窺える[6]

作家佐藤愛子が著書『私の遺言』・『冥途のお客』で茜社を紹介しており、祈祷師らが参拝に訪れる隠れた名所になっている[7]

祭事は、1月15日の御頭神事と7月15日の例祭がある[4]

祭神

天牟羅雲命(あめのむらくものみこと)と蛭子命(ひるこのみこと)を主祭神とする[3]。『宇治山田市史』では「不詳一座 或云赤畝氏祖天牟羅雲命」と記す[5]。蛭子命は合祀により祀るようになったである[5]。天牟羅雲命は天上からを持ち帰った飲料水の神とされる[3]

境内社

境内には豊川茜稲荷神社と天神社がある[3]

豊川茜稲荷神社

創建は不詳であるが、古くより茜社境内に鎮座する[8]。『小祠拾』の茜社に関する記述の中に「石壇ノ東北ノ方ニ稲荷トテ岩窟アリ。土俗豊川明神ト云フ。」と、豊川茜稲荷神社に関する記載がある[9]。祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)[3]。『神都名勝誌』によると、漁師信仰が篤いという[10]

天神社

天神社は菅原道真を祀る[10]。元は山田大路家の鎮守神であったが後に豊川町の崇敬社となった[10]。別名「牛天神」と呼ばれているが、その名の由来は2つの説がある[10]

  1. 氏神が「牛神」に転訛した[10]
  2. 外宮宮域の菅原道真像を山田大路家の鬼門除けだった丑鬼(うしがみ)を祀っていた地に移したことから[10]

祭神が学問の神とあがめられる菅原道真であるため、毎年受験生の参拝が多い[7]

被合祀社

茜社は以下の2社を1909年(明治42年)2月19日に合祀している[11]

社名 祭神 旧所在地 備考
蛭子社 蛭子命 豊川町字下馬所
大路菅原社 菅原道真 境内社「天神社」となる。

歴史

創建は一条天皇の御世以前、すなわち986年より前とされる[12]古代には外宮摂社として祀られていたが、時代の変遷により産土神へと変化していった[12]。当時は「赤畝社」や「赤うね明神」などと呼ばれていた[5]文化文政期までは石壇のみで社殿はなかったが、この時期に初めて小さなが建てられた[9]。「茜社」となったのは江戸時代から明治時代と推定される[12]明治4年11月2日グレゴリオ暦1971年12月13日)、村社に列格した[9]

明治5年6月(グレゴリオ暦:1872年7月)、教部省は『延喜式神名帳』および『延暦儀式帳』に記載のない神社を一律に神宮の所管から外し、度会県および三重県管轄に移行したため、茜社も神宮所管から離れることとなった[13]。一方神宮側は、茜社と皇大神宮(内宮)宮域にある大山祇神社を神宮の所管に復帰すべく、神社局と内々に折衝を開始した[14]。これは、両社が神苑の中央付近にあり、神宮にとって重要な場所であることと、紅白のや傷んだ鳥居などが林立する光景が神苑の景観を損ねているという理由からであった[14]。茜社の氏子は神宮所管に復帰することを承服しなかったが、大山祇神社は氏子から願い出て、境内社の子安神社とともに神宮所管に戻った[2]櫻井勝之進は茜社が神宮に復帰しなかった理由として、境内社で稲荷信仰が盛んであったからではないかとしている[15]

1952年(昭和27年)に宗教法人格を取得し、完全に神宮から独立する[3]2007年(平成19年)5月25日神宮式年遷宮の祭事の1つお木曳において、豊栄会がお木曳車を曳き始める場まで運ぶ「上せ車」は、茜社から出発した[16]

社宝

社宝として、獅子頭1つ、太刀2振、小刀1振、牛像1体を有する[4]。このうち獅子頭は上顎内部に「阿古称 永禄二歳己未五月 度会元貞 南都宿院作」の銘があり、1982年(昭和57年)4月27日三重県指定有形文化財(彫刻)となった[17]

交通

公共交通
  • JR参宮線近鉄山田線伊勢市駅南口(JR)より徒歩5分程度。
  • 三重交通「伊勢市駅前」バス停より徒歩5分。
  • 三重交通「外宮前」バス停よりすぐ。
自家用車

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 宇治山田市役所 編(1929):930 - 931ページ
  2. ^ a b 櫻井(1991):273 - 274ページ
  3. ^ a b c d e f g h i 伊勢志摩経済新聞"伊勢に初の女性宮司―「あこねさん」で親しまれている水の神様「茜社」"2012年10月5日(2013年10月12日閲覧。)
  4. ^ a b c d 宇治山田市役所 編(1929):933ページ
  5. ^ a b c d 宇治山田市役所 編(1929):930ページ
  6. ^ “外宮”. 伊勢商工会議所. オリジナルの2013年10月12日時点におけるアーカイブ。. https://megalodon.jp/2013-1012-1938-41/www.ise-cci.or.jp/yeg/machi/omairi/geku/gegu.html 2013年10月12日閲覧。 
  7. ^ a b 伊勢志摩経済新聞"伊勢神宮外宮勾玉池のほとりにある「あこねさん」の「牛天神」は学業の神様"2009年1月1日(2013年10月12日閲覧。)
  8. ^ 宇治山田市役所 編(1929):931 - 932ページ
  9. ^ a b c 宇治山田市役所 編(1929):931ページ
  10. ^ a b c d e f 宇治山田市役所 編(1929):932ページ
  11. ^ 宇治山田市役所 編(1929):930, 932ページ
  12. ^ a b c 三重県神社庁教化委員会"三重県神社庁教化委員会>>茜社"
  13. ^ 櫻井(1991):266, 272ページ
  14. ^ a b 櫻井(1991):273ページ
  15. ^ 櫻井(1991):274ページ
  16. ^ "「上せ車」の白竜お披露目 伊勢"朝日新聞2007年5月14日付朝刊、三重版23ページ
  17. ^ 三重県教育委員会事務局社会教育・文化財保護課"みんなで、守ろう!活かそう!三重の文化財/獅子頭 阿古祢永禄二歳己未五月度会元貞南都宿院作の銘がある"(2013年10月11日閲覧。)

参考文献

  • 宇治山田市役所 編『宇治山田市史 下巻』宇治山田市役所、昭和4年3月5日、1690p.
  • 櫻井勝之進『伊勢神宮の祖型と展開』国書刊行会、平成3年11月30日、318p. ISBN 4-336-03296-3

関連項目

外部リンク


豊川茜稲荷神社

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茜社」の記事における「豊川茜稲荷神社」の解説

創建不詳であるが、古くより茜社境内鎮座する。『小祠拾』の茜社に関する記述中に石壇東北ノ方ニ稲荷トテ岩窟アリ土俗豊川明神ト云フ。」と、豊川茜稲荷神社に関する記載がある。祭神宇迦之御魂神うかのみたまのかみ)。『神都名勝誌』によると、漁師信仰篤いという。

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