火薬の科学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 13:56 UTC 版)
通常の燃焼と同様に火薬を構成している物質が酸素と結びつくことで(これを酸化という)、火薬に蓄えられていたエネルギーが解放され、熱や光や衝撃が発生する。火薬の燃焼が通常の燃焼と異なる点は空気中の酸素を必要としないことである。例えばニトログリセリンでは炭化水素に結合した硝酸エステル (-O-NO2) が酸化剤の役割になっている。また、黒色火薬のような混合火薬では、燃料に硝酸カリウムなどの酸化剤を混合している。つまり、黒色火薬の場合、黒色火薬に含まれる炭、炭素を燃料とし、硝酸カリウムは反応を高速にする役割を果たしているに過ぎない。ちなみに、黒色火薬は硝酸カリウム、炭素、硫黄を配合して作る。混合火薬の場合、高効率で酸化反応を起こすため、酸化剤の配合比率を最適化することが重要である。また、組成中に酸素を含まなくても、フッ素のように酸化剤として働き、酸化反応を引き起こすことができる物質が存在する。このような酸化反応で、大きな反応熱を発生する物質が火薬の材料に適している。こういった自己反応性物質は外部の酸素を必要としないため、二酸化炭素消火器のような酸素遮断による消火が不可能である。 火薬の反応には色々な種類がある。火薬にマッチなどで火をつけても、必ずしも爆発するとは限らない。一部の火薬では、マッチで点火してもロウソクのようにゆっくり燃えるだけだが、雷管で点火すると一瞬で全体が反応する(爆発)。またダイナマイトなどの一部の爆薬では、雷管の威力により低速爆発と高速爆発の2種類がある。ガソリンや木材が燃えるのを通常燃焼といい、火薬が高速で燃焼するのを爆発という。さらに音速以下の爆発を「爆燃」、音速以上の爆発を「爆轟(ばくごう)」と分類している。「爆轟」状態では燃焼速度が音速を越えるため、衝撃波を投射し周囲の物体を破壊する。「爆轟」発生の有無によって火薬と爆薬を分類することもある。「爆轟」によって生まれた衝撃波が弱まったものが「爆音」になる 火薬が燃焼を始めると、反応熱により酸化反応が促進され、継続的な燃焼が起きる。これに対し爆薬では、酸化反応は爆轟の衝撃波による断熱圧縮によって促進される。このため、熱伝導に律速されることのない急激な燃焼が発生する。 火薬類の最大の特徴はそのエネルギーの発生速度にある。単純な熱量の比較だけなら火薬類よりもガソリンなどの方が大きい。しかし、半径10cmの球体のトリニトロトルエン(TNT)を鋳造した場合、この塊が爆轟して反応が終わるまでの時間はわずかに 14.7ナノ秒しかかからない。 半径10cmの鋳造トリニトロトルエンの重量は6.49kgであり、この爆発熱は約1.17×107Jである。これだけのエネルギーがわずか 14.7ナノ秒の間に放出されるのである。 つまり、エネルギーの発生速度という点で見れば 1.16×1012J/秒となり、これは日本の総発電能力の数倍にもなる数字である。 こうした火薬の能力は主にその分子構造に依存している。一般に複雑で緻密な構造の分子ほどその中に蓄えられているエネルギーが大きく、高い爆発力を持つ火薬となる。近年ではヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン (HNIW) の様に、コンピューターシミュレーションにより理想的な分子構造を決定し、それを基に合成された高性能火薬も登場している。さらにより大きなエネルギーを持つ電子励起状態の原子を用いた電子励起爆薬も研究されている。 火薬は爆発力が強いだけでは実用化されることはない。爆発力が強力であっても安定性が低い場合、わずかな衝撃で容易に爆発が起こり、製造工場や輸送機関などに多大な損害を与えるためである。実際に、火薬の発明時から爆発事故はついてまわり、19世紀初頭に黒色火薬以外の火薬が開発されるとそれはより悪化した。こうした火薬は安定性が非常に低く、戦場や工事現場で使用する前に大爆発を起こすことが多発したためである。これら新火薬の実用化は、アルフレッド・ノーベルがニトログリセリンを珪藻土などの安定剤に混入して開発したダイナマイトのように、安全な取り扱いが保障されて初めて可能となった。こうしたことから、実際に使用される火薬の感度は低く抑えられ、製造や輸送などでは爆発しないようになっている。また、こうした安定した物質を爆発させるためには弱い火薬などを用い一度起爆を行い、その衝撃によって誘爆させることが必要となる。
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