散文について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/22 09:20 UTC 版)
書簡体を使った洗練された随筆であり、アラビア語でリサーラーと呼ばれる形式にもとづいている。恋愛のエピソードは、基本的に著者自身の体験か、同時代の出来事から選ばれている。イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代の遊牧民をはじめとする過去の伝承は収録されておらず、その理由については、伝承のたぐいはあまりにも多く、それら借り物の装いで身を飾りたくないという表現をしている。 愛の定義 第1章において、愛が含む種々相はきわめて崇高で、筆舌につくしがたいほどに繊細である述べている。愛の原因は肉体的な美しさではなく、魂が結合しようとするからであり、そのために外見によらないさまざまな愛が存在するとしている。例として、共通の目的によって生まれる愛、友人や知人の愛、仲間に対する愛、親族関係の愛、秘密を分かち合う愛、欲望を満たす愛などが挙げられており、引きつけ合う魂を磁石にもたとえている。イブン・ハズム自身はムスリムだが、キリスト教徒の友人も登場し、宗教を超えた交友が記されている。愛は宗教によって否定されず、法によって禁じられもしないと論じた。 性別について 性別に関する意見も述べられている。イブン・ハズムの時代には、「欲望を抑えられるのは男性だけで、女性は欲望を抑えられない」という意見が多かったが、彼自身は欲望に男女差はないと論じた。イスラーム世界の文芸ではしばしば男性の同性愛が題材になり、特に年長者と少年の関係が多い。本書でも同性愛のエピソードが記されており、イブン・ハズム自身の体験も含まれている。ただしイスラーム法では男色そのものは禁じられており、イブン・ハズムは処罰を妥当としている。 社会風俗 当時の文化水準や生活習慣もエピソードを通して描かれている。コルドバの宮廷では男女ともに高い教育を受け、詩歌や音楽は教養であるとともに恋愛の駆け引きでも重要だった。恋愛の段階の中に恋文が含まれており、伝書鳩に恋文をつけたという話も出てくる。イブン・ハズム自身も侍女に文字を教わったと回想しており、読み書きが普及していたことがわかる。また、ハンマーム(公衆浴場)の壁に描かれた女性の絵に恋するというたとえがあるため、古代ローマの公衆浴場の習慣がアンダルスに残っていたことがわかる。本書のエピソードは、後世の文芸の恋愛描写にも影響を与えた(後述)。 書かれているエピソードのほとんどは、かつて繁栄した時代のコルドバである。本書の執筆時期には戦乱によって失われており、文章はノスタルジーや悲しみを含んでいる。第24章や第28章では、子供時代に住んでいた屋敷が荒廃して住む者がいないことや、多くの人々が殺害されたことを嘆いている。第27章でイブン・ハズムは、屋敷でともに育った奴隷の女性について語る。彼女に恋をしたが離れ離れになり、再会したときには彼女の身にふりかかった苦難によって見分けがつかないほど変わっていた。この体験をもとに、女性には丁寧かつこまめに接することが大事だと説いている。 神学・法学の観点 イスラームの法学者らは、心を惹かれる女性を見つめることはシャリーア(イスラーム法)で許されるかや、秘めた恋の秘密を守ることをキトマーン(英語版)の義務とするべきか、といった問題も議論した。イブン・ハズムも本書で神学や法学の知識を活かして、クルアーンをはじめとする聖典や、古代の思想、同時代の法学を参考にした。クルアーンの70章5節の他にも、旧約聖書からは『創世記』30章、『エレミヤ書』31章29節が引かれている。古代ギリシアからはプラトンやヒポクラテス、フィレモンなどの意見を引いている。イスラーム法学者の見解としては、マーリク派の創始者マーリク・ブン・アナスや、イブン・ハズム自身の師の意見などを引用している。
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