復旧作業員の造血幹細胞の事前採取は不要と助言
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/09 17:53 UTC 版)
「原子力安全委員会」の記事における「復旧作業員の造血幹細胞の事前採取は不要と助言」の解説
福島第一原子力発電所の復旧作業員については、被ばく線量管理がなされていたが、万一の不測の事態には大量被ばくもありうるのではないかと懸念する声もあった。2011年3月25日、国家公務員共済組合虎の門病院血液内科部長の谷口修一医師は、この場合、あらかじめ作業員本人の造血幹細胞を採取しておくことで、造血機能が失われた時の治療に役立てられる可能性もあるとして、事前採取処置を行うべきであるとの考えを医療関係者らのメーリングリストに投稿した。ただし、この時点で同医師はすでに病床の確保、治療プロトコールの作成、必要となる薬剤等の手配を済ませているとしており、また当時、通常の患者・医師間の同意があれば、同処置を行うことを妨げる法令等もなく、投稿内でも「是非、政治判断で迅速な判断をお願いしたい。」「関係者の英断を期待する。」としたのみであったため、投稿が具体的に誰に何を求めているのかは明らかでなかった。 この処置を行う医学的妥当性については、学術経験者の間でも統一の見解はなかった。日本造血細胞移植学会は、2011年3月29日に発表した一般向けの声明の中で、「今後の長期化する作業に対応し念のために自己造血幹細胞保存が望ましいとされた場合、学会はその医学的、社会的妥当性を検討した上協力します。」と述べた。また、国立がん研究センターは、2011年3月28日の記者会見で「原子炉での作業が予定されるなど、被ばくの可能性がある方々については、造血機能の低下のリスクがあるため、事前に自己末梢血幹細胞を保存しておくこと」を提言したが、2011年4月14日にはそれを「被ばく線量が250ミリシーベルト以下での職場環境が保たれない場合は、自己の末梢血幹細胞を保存しておくこと」に軌道修正した。日本学術会議は、2011年4月25日に発表した見解の中で、放射線防護対策、緊急被ばく医療の視点から「事前の採血保存は不要かつ不適切」と述べたが、「高度に専門的な知見を含む課題であるので、日本血液学会内で、倫理的な側面を含めて十分議論され、できれば統一的見解を示されることを期待する。」と付言した。インペリアル・カレッジロンドン医学部のロバート・ゲイル(英語版)博士は、谷口医師の投稿内で賛同者として名前が挙げられた一人であったが、2011年3月29日に記者会見を開き「自家移植のための幹細胞の採取をやるとしてもごくわずかの効果しかないでしょうし、かえって思いがけない副作用をもたらすかも知れません。私はこの方法を勧めません。」と述べた。 谷口医師の声明は原子力安全委員会に直接宛てられたものではなく、そのため原子力安全委員会がこの声明に直接答えることもなかった。ただし、原子力安全委員会ウェブサイトでは、2011年3月29日、原子力災害対策本部から技術的助言を求められた原子力安全委員会が、作業従事者に精神的、身体的負担をかけるという問題がある、関連国際機関においても未だ合意がない、国民にも十分な理解が得られていない、を理由として挙げ「現時点においては必要ないと考える」との旨を回答したという内部文書が掲載されている。 これまで、復旧作業員の造血幹細胞の採取について公的な介入は特に行われていない。この判断について「作業員の生命を軽んじている」として批判した専門家もいる。作業員の造血幹細胞を採取しておかなかったとしても、(大量被ばくによる治療が必要な場合の)造血幹細胞の提供は、遺伝子型が適合すれば他人から受けることができる(詳しくは、骨髄バンクを参照)。しかし、他人からの移植を期待する場合、必ずしも遺伝子型が一致する提供者が存在するとは限らない。産経新聞の報道によれば、(作業員の造血幹細胞の)事前採取の必要を主張してきた野党若手議員(産経新聞報道では名前の指摘はない)は、委員会の判断について、「被曝を前提とするほど危険な場所で作業していることになれば、国民の不安感や諸外国の不信感をあおることになりかねないという政治的配慮があるのではないか」との見解を示しているとされる。 一方で、過去の大量被ばく事故の際に自己造血幹細胞移植により生存した事例が国際的に皆無であること、自己造血幹細胞の採取には一定のリスクが存在し、採取の際のG-CSFという薬剤の使用後に低線量の被ばくを受けるのは、白血病などのリスクを上げる可能性も示唆されており、被ばく線量が250ミリシーベルト以下に留まるように運用されている限りは自家造血幹細胞の事前採取は潜在的なリスクを上げるだけで、メリットはないとの指摘もある。 その後、谷口医師は賛同する医療関係者とともに「作業員が希望すれば造血幹細胞の事前採取ができるよう選択肢を残すべき」と趣旨を明確化して政治家への働きかけ等を継続している。(ただし、原子力安全委員会を初めとして、この趣旨を政府機関が否定したことはなく、また後述のように、実際に作業者の希望に基づく事前採取は行われている。)賛同する医療関係者の一人はこれらの運動が自他共に「谷口プロジェクト」と呼ばれていると述べている。また、同プロジェクト関係者によれば、2011年9月時点で、実際に採取、保存を希望し、虎の門病院で実施に至った作業員は現在まで1名のみ(原発作業員兼フリーライターの鈴木智彦)である。
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