平岡町 (弘前市)とは? わかりやすく解説

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平岡町 (弘前市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/14 03:03 UTC 版)

日本 > 青森県 > 弘前市 > 平岡町 (弘前市)
平岡町
平岡町
平岡町の位置
北緯40度36分32.8秒 東経140度27分15.7秒 / 北緯40.609111度 東経140.454361度 / 40.609111; 140.454361
日本
都道府県 青森県
弘前市
地域 市街地域
地区 5区
地名成立 正徳元年(1711年
面積
 • 合計 0.08261385 km2
標高
31.9 m
人口
2017年(平成29年)6月1日現在)[1]
 • 合計 377人
 • 密度 4,600人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
036-8367
市外局番 0172
ナンバープレート 弘前
※座標・標高は弘前市立第二中学校(平岡町72番地)付近

平岡町(ひらおかまち)は、江戸期から現在にかけての青森県弘前市地名郵便番号は036-8367[2]住民基本台帳に基づく2017年6月1日現在の人口は377人、世帯数は155世帯[1]面積は0.08261385km2[3]

地理

岩木川沿い東側、駒越町裏手に位置する町。北は和田町、東は西大工町、南は駒越町、西は藤代に接する。

小・中学校の学区

市立中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

大字 番地 小学校 中学校
平岡町 全域 弘前市立城西小学校 弘前市立第二中学校

歴史

宝永年間(1704年 - 1710年)に郭内武家屋敷の郭外移転により藩士が移住したことにより成立。正徳元年(1711年)、駒越町の新割町として町名がつけられる(国日記)。寛政12年(1800年)当時の記録では武家屋敷が25とある(分間弘前大絵図)が、天保8年(1837年)当時の記録では、この頃にはもう武家屋敷は無く、町屋が34とあり、町人の町に変化。町の様子は「小商と日傭夫の住居があり」とある。

沿革

  • 江戸期 - 弘前城下の一町。
  • 明治初年 - 明治22年 - 弘前を冠称。
  • 1889年(明治22年) - 弘前市に所属。

施設

交通

路線バス
駒越(弘前駅 - 工業高校経由 - 藤代営業所線)停留所。
道路
  • 弘前西バイパス

脚注

  1. ^ a b オープンデータひろさき 弘前市 町名別人口・世帯数_平成29年”. ひろさき未来戦略研究センター (2017年6月1日). 2017年6月18日閲覧。
  2. ^ 郵便番号 0368367 の検索結果”. 日本郵便. 2014年11月18日閲覧。
  3. ^ 青森県弘前市大字平岡町 - 人口総数及び世帯総数”. 人口統計ラボ. 2014年11月18日閲覧。
  4. ^ 地区/学区検索”. 弘前市教育委員会. 2014年11月18日閲覧。[リンク切れ]

参考文献

外部リンク




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