東長町_(弘前市)とは? わかりやすく解説

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東長町 (弘前市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/05 23:52 UTC 版)

日本 > 青森県 > 弘前市 > 東長町 (弘前市)
東長町
東長町
東長町の位置
北緯40度36分24.43秒 東経140度28分19.65秒 / 北緯40.6067861度 東経140.4721250度 / 40.6067861; 140.4721250
日本
都道府県 青森県
市町村 弘前市
人口
2017年(平成29年)6月1日現在)[1]
 • 合計 138人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
036-8343
市外局番 0172[2]
ナンバープレート 弘前

東長町(ひがしながまち)は、江戸期から現在にかけての青森県弘前市の地名。郵便番号は036-8343。2017年6月1日現在の人口は138人、世帯数は72世帯[1]

地理

土淵川沿い西側に位置。町域の北部は蔵主町長坂町・笹森町、東は和徳町、南部は百石町百石町小路元寺町小路、南部から西部にかけて元寺町、西部は下白銀町に接する。

歴史

  • 正保3年 - 町名は見えないが、百石町小路・百石町側と笹森町入口以東に侍屋敷のほか、町屋が配置される(津軽弘前城之絵図)。
  • 慶安2年 - 町名が横町と見え、武家屋敷・町屋入り交じりで50軒の屋敷が見られる。その中には丹波屋などの屋号を持つ商家が多い(弘前古御絵図)。
  • 寛文13年 - 土淵川を越えた地域に新派屋敷として31軒の屋敷割りがされ、武家屋敷のほかに大工ほか13軒、町屋を中心に42軒が見える(弘前中惣屋敷絵図)。
  • 延宝5年 - 町域は三の丸東門から土淵川以東の和徳町高札場まで一~九丁目に分割され、東側七・八丁目間に東長町・北横丁・南横丁が形成されている。年代はその後はっきりしないが享保4年までに土淵川以東の町域が和徳町に編入され、三の丸東門前は下白銀町に編入される(町屋数円)。

沿革

  • 天和3年 - 横町から東長町になる。
  • 江戸期 - 弘前城下の一町。
  • 明治初年~明治22年 - 弘前を冠称。
  • 1899年(明治22年) - 弘前市に所属。

施設

教育

  • 中弘教育会館

医療

  • 加賀屋整体療術院

福祉

  • 有料老人ホームメゾン東長町

商業

  • 写真館ハセガワ
  • さいとう金物店
  • 加納はきもの店

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。

大字 番・番地 小学校 中学校
東長町 全域 弘前市立時敏小学校 弘前市立第一中学校

交通

文化センター前(土手町循環100円バス、他)停留所。

脚注

  1. ^ a b オープンデータひろさき 弘前市 町名別人口・世帯数_平成29年”. ひろさき未来戦略研究センター (2017年6月1日). 2017年6月18日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。

参考文献

角川日本地名大辞典 2 青森県(角川書店)





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