伝承館開館まで
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「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」の記事における「伝承館開館まで」の解説
震災後、同校ではグラウンドが瓦礫処理場となり立ち入りが禁止され、また一部校舎の床材にアスベストが含まれている可能性があったため、被災した校舎は解体されず手つかずのまま残されていた。北校舎の中の瓦礫はボランティアなどの手によって大部分が片付けられたが、南校舎は震災から3年ほどが経った後でも、2階図書室に本と魚の死骸が一緒になって大量に散乱しているような状況であった。 一方、気仙沼市では、震災発生から3か月後の2011年6月、市内鹿折地区(大船渡線鹿折唐桑駅駅前)に津波で打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」を震災遺構として保存する意向を表明し、船主の会社と同船の無償貸借契約を結んでいた。しかし、河北新報社が実施したアンケートで、地区住民の9割が保存に反対であることが判明、船主からも解体を提案され、結局市は同船の保存を断念して2013年9月に解体撤去した。その後、市が震災遺構のあり方を考えるため、同年11月から合計3回にわたって開催した「気仙沼市東日本大震災伝承検討会議」の報告書の中で、「震災遺構候補」のひとつとして「気仙沼向陽高校」が取り上げられた。また、同会議の期間中である2014年2月、階上地区振興協議会と階上地区まちづくり協議会の連名で市に提出された「階上地区まちづくり計画提案書」において、「旧気仙沼向洋高校の保存」が要望されていた。 市は、続いて2014年10月から合計6回にわたって「気仙沼市東日本大震災遺構検討会議」を開催した。ここでは、上記「気仙沼市東日本大震災伝承検討会議」の内容を踏まえ、国からの復興交付金を活用して整備する震災遺構の候補として同校をあげ、その保存および活用方法についての検討が行われた。同会議の報告書では、「旧気仙沼向洋高校は保存すべき」との結論が出された。また、同会議と並行して、市は同校保存に向けた調査も進めており、その報告書が2015年3月に公表された。その結果、同校校舎の施設について、不同沈下・鉄筋の腐食はいずれも見られず、コンクリートの圧縮強度・中性化深さ・塩化イオン含有量とも基準を満たしており。一般公開に耐えうる状態であることが確認された。また、この調査報告書では、校舎をすべて原状保存する場合、一部撤去する場合、一部を他用途に活用する場合など数パターンの案が提示された。 2015年5月、市は同校の南校舎を震災遺構として保存する方針を発表した。この時は、保存の対象は南校舎のみとする計画であったが、2016年12月に三陸ジオパーク気仙沼推進協議会と市観光課などが初めて一般向けに同校を公開するツアーを実施したところ、参加者のアンケートでは南校舎以外の部分も保存を希望する意見が多数を占めた。これを受け、市は急遽、保存の範囲を広げ、解体予定だった北校舎を含めほぼすべての校舎を保存することとした。同校は宮城県立高校であり所有者は宮城県であるため、2017年4月に土地と建物を県から市に譲渡する契約が取り交わされた。 市は同校の保存整備にあたって、ありのままの実態を可能な限り来館者に見てもらうため、校舎内部へ立ち入って見学できるようにする前提で検討を行ったが、校舎内部が破損したままの状態で残すなど、建築基準法に適合しない場合に該当することが障害となった。市は当初、すでに震災遺構として公開されていた岩手県宮古市のたろう観光ホテルを参考に、同法の適用を受けようとしたが、県建築審査会への事前照会で「認可困難」との回答を得た。建築基準法の適用除外のためには、文化財保護法や条例によって建物に現状変更規制をかけたり、保存措置を講じることが条件であるが、文化財の指定は50年以上前に建設された建物であることが前提であり、文化財保護法の適用も不可能であった。そこで、市は2017年3月17日に「気仙沼市東日本大震災遺構保存条例」を制定した。震災で被災した自治体が同種の条例を制定したのはこれが初であった。 これにより整備計画は県建築審査会の審査を通過、2018年1月24日に着工し、コンクリートの劣化防止作業、見学ルート整備などの工事が行われた。2018年9月7日から10日1日まで開催された気仙沼市議会第98回定例会において、保存整備される施設の名称を定めた「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館条例」案が可決され、名称は「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」と決定した。 復興交付金など総事業費約12億円が投じられて整備された当館は、2019年3月10日に開館した。開館初日は県内外からおよそ1,000人の来館者が集まった。その後も滑り出しは好調で、開館から8か月で目標入館者数の7万5000人に達した。11月16日には内閣総理大臣の安倍晋三が視察に訪れた。 なお、気仙沼向洋高校は、震災直後の2011年4月から本吉響高校・気仙沼西高校・米谷工業高校の近隣3高校に分散し校舎を間借りして授業を行っていたが、同年11月からは気仙沼高校の第2グラウンドに建てられた仮設校舎を使用していた。2018年8月に国道45号沿いの長磯牧通地区に新設された校舎に移転し、現在に至る。
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