ラガーマン時代とは? わかりやすく解説

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ラガーマン時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 20:29 UTC 版)

阿修羅・原」の記事における「ラガーマン時代」の解説

中学時代柔道諫早農業高校では当初相撲打ち込んでいたが、高校2年ラグビー転向。この時からラグビー選手として頭角現し東洋大学経て1969年近畿日本鉄道近鉄)に入社近鉄では入社数年後駅係員として勤務していた実績がある。また入社同時に近鉄ラグビー部所属した近鉄時代1970年日本代表選出され同年3月22日秩父宮ラグビー場におけるブリティッシュ・コロンビア州代表戦でNO8として初キャップ獲得した。 ところが1971年イングランド代表の来日テストマッチ9月24日近鉄花園ラグビー場および同月28日秩父宮ラグビー場においてそれぞれ組まれるにあたり当時日本代表監督だった大西鐡之祐が、スクラム第一列の大型化を図らなければ勝負ならない考え182センチ87キロ当時)の体格誇った原に対しテストマッチが行われる2か月前となる7月日本代表菅平合宿において、プロップへのコンバート命じた当時プロップ経験がなかった原は大西から特にしぼられ菅平合宿では肩は上がらず、腰は立たずという、肉体的に極限のところまで追い詰められる羽目になった。そして迎えた同年9月の対イングランド戦。日本は二試合ともイングランド敗戦したが、ともに接戦という好勝負展開していた。その理由として、戦前は歯が立たない見られていたスクラム日本予想以上に健闘したことが一因として挙げられ、これを契機に、上記イングランド戦において2試合とも左プロップとして出場した原は、日本代表不動プロップ選手として確立していくことになった一方、原の所属した近鉄1974年度、リコー3連覇阻み5年ぶりに全国社会人ラグビーフットボール大会制覇。続く日本選手権でも、早稲田大学破り、こちらは7年ぶりとなる日本一果たしたが、いずれの大会も、原が右プロップとして優勝貢献した当時近鉄日本代表で原とともにプレーした坂田好弘も、原をこう評している。 .mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}ものすご突進力。タックラー吹っ飛ばすというよりも、相撲すくい投げみたいに、相手次々と転がしてはどんどん前に進んでいく。何人も引きずって走ることもありましたね。ラグビーではないスポーツみたいでした日本ラグビー激闘史、 上記イングランド以後主としてプロップとしての他、右プロップ・NO8としてのものも合わせて1976年まで日本代表キャップ17獲得当時としては世界規格と言われ恵まれた体格や強いスクラムコンタクト武器日本代表するラガーマンとして活躍した1976年には日本人として史上初め世界選抜メンバー選出されている。 しかし、近鉄上記坂田小笠原博さらには今里良三といった日本代表でも共にプレーした選手たち相次いで引退したこともあり、チーム弱体化急速に進んだ。また近鉄当時ラグビー選手だからといって待遇優遇されているわけでもなかった上に、原自身人事異動駅係員から列車乗務員となり、その教習も受けることとなり、先輩指導車掌指導運転士から数々教習を受け、実際に列車車掌運転士として乗務したりするようになったため、ラグビー練習を行う時間少なくなった。こうしたことが契機となり、原はラグビー選手として引退し、翌1977年近鉄退社退社後は野坂昭如率いラグビーチームコーチ務めた

※この「ラガーマン時代」の解説は、「阿修羅・原」の解説の一部です。
「ラガーマン時代」を含む「阿修羅・原」の記事については、「阿修羅・原」の概要を参照ください。

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