プロレス回帰とは? わかりやすく解説

プロレス回帰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 18:00 UTC 版)

柴田勝頼」の記事における「プロレス回帰」の解説

2011年12月31日DREAM&IGF合同興行FIGHT FOR JAPAN元気ですか!!大晦日2011!!」に桜庭和志と共に参戦しIGF鈴川真一&澤田敦士組とのタッグマッチ挑んだ柴田としては5年ぶりのプロレスルールでの試合であった試合桜庭澤田からTKO奪い勝利したが、柴田試合中ドロップキック放ち着地の際に左腕から不自然な体勢落下し左手首を骨折した2012年8月12日新日本プロレス主催するG1 CLIMAX最終戦両国国技館大会スーツ姿で登場お面被った桜庭と共に新日本に対してケンカ売りきました。」と宣戦布告とも言えるマイクアピール行った9月23日DESTRUCTIONにて、桜庭とのタッグ6年ぶりに新日本マット上がり出場ケンカ買った井上亘&高橋広夢組と対戦し、3分3秒という短時間試合制するその後KING OF PRO-WRESTLINGPOWER STRUGGLEといった新日本のビッグマッチにスポット参戦しいずれも真壁刀義&井上亘組を相手勝利を収める2013年1月4日レッスルキングダム7にて、真壁シングルマッチ激突するも、キングコングニードロップピンフォール負け喫した2月10日THE NEW BEGINNINGにて、桜庭とのタッグで、後藤洋央紀&井上亘組と対戦高校時代同級生である後藤プロレスリング初め対峙した。試合桜庭井上からピンフォール勝ちを収め試合後、後藤会話交わし再戦希望した5月3日レスリングどんたく 2013にて、後藤シングルマッチ対戦張り手相討ちとなり、ダブルノックダウン態となってしまい、そのまま二人とも起き上がることなく両者KO裁定下されたその後、DOMINION6.22で柴田勝利KIZUNA ROAD 2013最終戦で再び両者KOとなった8月G1 CLIMAX9年ぶりに出場リーグ戦後藤と同じブロックエントリーされていたものの、後藤7日仙台大会で右下顎骨骨折負い欠場不戦勝扱いとなり、柴田は「早く治せ復帰戦は俺がやってやるから」とコメントした後藤戦の不戦勝加えた柴田は5勝3敗という戦績で公式リーグ最終戦迎え11日両国大会にて、棚橋弘至対戦勝てば決勝進出となる試合となったが、最後スモールパッケージホールドピンフォール負け喫し予選落ちとなった9月8日WRESTLE-1旗揚げ戦に参戦船木誠勝&河野真幸組の対戦相手Xとして、桜庭と共に登場し試合桜庭河野からチキンウィングフェイスロックギブアップ勝ちを収めた12月7日7年ぶりにプロレスリング・ノア参戦マイバッハ谷口シングルマッチ対戦したが、マイバッハ刺又攻撃暴走し反則勝ちとなった。この裁定納得いかない柴田その場再戦申し入れると、バックステージ戻ったマイバッハ盟友であるKENTAの手によってリング引き戻され要求通り再試合が行われた。再試合ではマイバッハ覆面を剥がす暴走っぷりを発揮し最後スリーパーホールドレフェリーストップ勝ちを収めた

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プロレス回帰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/01 00:54 UTC 版)

山本裕次郎」の記事における「プロレス回帰」の解説

2014年10月プロレスリングHEAT-UPでの田村和宏田中稔シングルマッチ見て、「心に火が点き」、HEAT-UP入門。あえて練習生からの再デビューという形を取った2015年1月12日石川修司戦で再デビュー。場所はくしくも自身プロレスデビューの地、北千住1010シアターであった3月18日HEAT-UP退団。また3月28日付け持ってシアタープロレス花鳥風月所属となったことが、運営するG-TALENTより発表された。 5月24日半年ぶりに総合格闘技ZST参戦減量乗り越え顔を腫らすが、3日後のプロレス大会出場しセミファイナル宮本裕向塚本拓海組。パートナー梅沢菊次郎)で勝利今後両立図っていく。 11月3日東京北千住大会にて、矢郷良明保持(第6代)するVKF王座挑戦し敗北するも、4日後となる7日ハードヒットでは9月26日、ザ・ブルーシャーク興行沈んでいた原学リベンジ勝利した2016年1月3日行われたFREEDOMS・新春お年玉争奪ワンデー6人タッグトーナメントに勝村周一朗竹田誠志とのチーム・リバーサルで出場7月18日月闘メインイベントHEAT UP時代後輩兼平大介対戦し引き分けた2017年7月16日ハードヒット新木場大会でU-FILE・小林裕と対戦しヒールホールド敗北 10月1日よりフリーとなる2019年10月22日BATTLE ART PRO-WRESTRING山本裕次郎自主興行開催

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