プロレス史を変える動き
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/28 14:33 UTC 版)
「ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング」の記事における「プロレス史を変える動き」の解説
1983年の時点で、ジョージア・チャンピオンシップ・レスリングはジム・バーネット以下、主にジャック・ブリスコとジェリー・ブリスコのブリスコ兄弟や前プロモーターのポール・ジョーンズが所有していた。余った残りの10%のシェアは、オレイ・アンダーソンのリングネームで活躍したブッカーのアラン・ロゴウスキーが所有していたが、経営の議決権を巡ってブリスコ兄弟と反目していた。 1984年、バーネットとブリスコ兄弟は所有するGCWの株をビンス・マクマホンに90万ドルで売却し、さらにWWFと契約した(ジェリー・ブリスコは現在もWWEのプロデューサーを務めている)。その後の多くの取引によって、ジョージア・チャンピオンシップ・レスリングは次第に消滅していった。 リック・フレアーの著書『To Be the Man』によると、ロード・ウォリアーズは、匿名の不満を抱く者から、5000ドルでブリスコ兄弟をタッグマッチで仕留める申し出を受けたという。仕留める代わりに、彼らは即座にブリスコ兄弟にそのことを伝え、彼らに「俺たちはそんな仕事をする連中じゃないから」心配しないようにと伝えた。 WWFによるジョージア・チャンピオンシップ・レスリングの買収劇は、2001年のWCWの消滅と共に、米国のプロレスが各地方でのショーから全国的な現象への発展の大きな転換点となる出来事と考えられている。
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