デイシス
デイシス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/29 21:05 UTC 版)
中央にイエス・キリスト、その左右に聖母マリアと洗礼者ヨハネを配する伝統的な構図をデイシスと呼び、上段中央の三枚のパネルはこのデイシスの構成となっている。玉座に座した三名の頭上には円光がある。左パネルには聖母マリア、右パネルには洗礼者ヨハネが描かれているが、中央パネルに描かれているのがキリストなのかどうかは、研究者の間でも意見が分かれている。聖職服を着用していることから「玉座のキリスト」であるとする説、父なる神という説、父と子と聖霊が一つになった聖三位一体とする説などがある。美術史家エリザベト・ダネンスは、中央パネルの人物像が頭部に着用している三連の宝冠は教皇冠だと長年にわたって考えられてきたと主張している。 中央パネルの人物は、鑑賞者に向かって恵みを与えるように右手を掲げて正面を向いている。その背景は銘文と象徴物で埋めつくされており、着用するローブあるいはマントの裾部分には、『ヨハネの黙示録』からの引用文がギリシア語で「REX REGUM ET DOMINUS DOMINANTIUM (王の王、主の主)」と記されている。玉座にかけられている金襴には、おそらくキリスト磔刑を暗喩するペリカンとブドウが装飾されている。ペリカンは雛を育てるときに自らの血を与えると当時信じられていた鳥であり、キリストの血たる聖餐用ワインを連想させるブドウとともに聖体の秘蹟の象徴となっている。足元に置かれた王冠の左右のステップには2行の銘文がある。左側1行目には「VITA SINE MORTE IN CAPITE (頭上には永遠の命)」、右側1行目には「LUVENTUS SINE SENECTUTE IN FRONTE (前には永遠の若さ)」、左側2行目には「GAUDIUM SINE MERORE A DEXTRIS (左には悲哀なき歓喜)」、右側2行目には「SECURITAS SINE TIMORE A SINISTRIS (右には恐怖なき平安)」と、それぞれ記されている。王冠には下段の「神の子羊」のパネルとを結ぶ役割が与えられており、おそらくは下段の押し寄せる群集が神に表する崇敬の念の象徴となっている。 左側のマリアは緑の布で表装されたガードルブックを読んでいるが、ガードルブックがマリアを象徴するエンブレムとして使用されることはまずない。美術史家オットー・ペヒトはこのことについて、ファン・エイクはロベルト・カンピンの『メロードの祭壇画』(1425年 - 1428年ごろ)の「受胎告知」パネルを参考にしたのではないかとしている。マリアの宝冠は花と星で装飾されており、ダネンスは花嫁衣装のようだと指摘している。半円状になっているマリアの玉座の背もたれには「彼女は太陽よりも星々よりも美しく、輝いている。彼女の輝きは神の光と鏡に照らし出されている」という意味の銘文が記されている。マリアと同じくヨハネも自身のエンブレムとは無関係な聖書を持つ姿で描かれている。『ヘントの祭壇画』には合計で18冊の書物が描かれている。ヨハネは自身のエンブレムであるラクダの毛衣の上に緑色のマントを羽織り、その視線は中央パネルの人物に向けられている。中央の人物と同じように右手を上に掲げながら、神の子羊についてヨハネが語ったもっとも有名な言葉「見よ、神の子羊 (ECCE AGNUS DEI)」(『ヨハネによる福音書』1:29)を口にしている。人物描写には短縮遠近法が使用されている。ヤンはイタリア訪問の経験があり、ルネサンス初期に遠近法を最初に導入したイタリア人芸術家であるドナテッロやマサッチオの作品を目にしていたと考えられている。しかしながら美術史家スージー・ナッシュは、ヤンがイタリア人芸術家に先駆けて遠近法を習得しており、ヤンはドナテッロやマサッチオの「作品がなくとも完璧に(遠近法を使用した)絵画を描くことができた」とし、遠近法は「どちらかに影響を及ぼしたというよりは(イタリアとフランドルの両方で)同時に発生した」表現技法だと主張している。
※この「デイシス」の解説は、「ヘントの祭壇画」の解説の一部です。
「デイシス」を含む「ヘントの祭壇画」の記事については、「ヘントの祭壇画」の概要を参照ください。
- デイシスのページへのリンク