イギリスの公爵
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/24 03:49 UTC 版)
イングランドに確固たる貴族制度を最初に築いた王は征服王ウィリアム1世(在位:1066年-1087年)である。彼はもともとフランスのノルマンディー公であったが、エドワード懺悔王(在位:1042年-1066年)の崩御後、イングランド王位継承権を主張して1066年にイングランドを征服し、イングランド王位に就いた(ノルマン・コンクエスト)。重用した臣下もフランスから連れて来たノルマン人だったため、大陸にあった貴族の爵位制度がイングランドにも持ち込まれることになった。 イングランドの公爵(Duke)は、伯爵(Earl)と男爵(Baron)に続いて創設された爵位だった。1337年にエドワード3世(在位:1327年-1377年)が皇太子エドワード黒太子にコーンウォール公爵(Duke of Cornwall)位を与えたのが公爵の最初である。続いて1351年に同じくエドワード3世がヘンリー3世(在位:1216年-1272年)の曾孫であるヘンリーにランカスター公爵(Duke of Lancaster)位を与えたことで公爵位が貴族の最上位で王位に次ぐ称号であることが明確化した。 臣民に公爵位が与えられた最初の事例は、1483年にリチャード3世(在位:1483年-1485年)よりノーフォーク公爵(Duke of Norfolk)を与えられたジョン・ハワードである(もっとも彼も先祖を遡れば王族にたどり着く)。 その後、臣民の公爵位はステュアート朝期(特に王政復古後の最初の国王チャールズ2世時代)に急増した。ハノーファー朝期にも公爵位の授与が行われ、最も多い時期には40家の公爵家が存在した。しかし家系の断絶でその数は減少していった。2021年現在臣民の公爵家は24家にまで減っている。 またジャコバイトの王位請求者たちが創設したジャコバイト貴族(英語版)の爵位にも17の公爵位がある。 イングランド王国、スコットランド王国、アイルランド王国それぞれに貴族制度が存在し、それぞれをイングランド貴族、スコットランド貴族、アイルランド貴族という。イングランド王国とスコットランド王国がグレートブリテン王国として統合された後は新設爵位はグレートブリテン貴族として創設されるようになり、イングランド貴族・スコットランド貴族の爵位は新設されなくなった。さらにグレートブリテン王国とアイルランド王国がグレートブリテンおよびアイルランド連合王国として統合された後には新設爵位は連合王国貴族として創設されるようになり、グレートブリテン貴族とアイルランド貴族の爵位は新設されなくなった。イングランド貴族、スコットランド貴族、グレートブリテン貴族、アイルランド貴族、連合王国貴族いずれにおいても公爵位は第1位として存在する。 公爵内の序列はまず王族公爵が別格で先頭である。その下におかれる臣民公爵たちはイングランド貴族公爵、スコットランド貴族公爵、グレートブリテン貴族公爵、アイルランド貴族公爵、連合王国貴族公爵の順番で序列付けられる。宮中席次における臣民公爵の序列は、国王(女王)、王妃(王配)、皇太子、王子、カンタベリー大主教、大法官、ヨーク大主教(英語版)、首相、枢密院議長、庶民院議長、国璽尚書、英連邦高等弁務官及び外国大使に次ぐ13番目である。 侯爵から男爵までの貴族が「卿(My Lord)」と呼び掛けられるのに対し、公爵のみは「閣下(Your Grace)」と呼び掛けられる。また公爵・侯爵・伯爵は従属爵位を持っているのが一般的であり、その嫡男は父の持つ爵位のうち二番目の爵位を儀礼称号として称する(父と混同されないよう主たる爵位と同じ名前や等級の爵位は避ける)。公爵と侯爵の息子は全員がLord(卿、ロード)を、娘はLady(レディ)が敬称として付けられる。 英国貴族の爵位は終身であり、原則として生前に爵位を譲ることはできない。爵位保有者が死亡した時にその爵位に定められた継承方法に従って爵位継承が行われ、爵位保有者が自分で継承者を決めることはできない。かつては爵位継承を拒否することもできなかったが、1963年の貴族法制定以降は爵位継承から1年以内(未成年の貴族は成人後1年以内)であれば自分一代に限り爵位を放棄して平民になることが可能となった。 現在の公爵位はランカスター公爵(英国王が保持)とコーンウォール公爵(皇太子が保持)以外は領地が付随するわけでもなく、貴族称号を保持することの唯一の具体的な効果は貴族院議員になりえることである。かつては原則として全世襲貴族が貴族院議員になったが(ただし女性世襲貴族は1963年貴族法制定まで貴族院議員にならなかった。また1963年までスコットランド貴族とアイルランド貴族は貴族代表議員に選ばれた者以外議席を有さなかった。アイルランド貴族の貴族代表議員制度は1922年のアイルランド独立の際に終わり、スコットランド貴族は1963年貴族法によって全員が貴族院議員に列した)、1999年以降は世襲貴族枠の貴族院議員数は92議席に限定されている。なお公爵のうちノーフォーク公爵家の当主は軍務伯を世襲で務める関係上必ず貴族院議員になる。公爵だからと貴族院で特別に重んじられるような制度はなく、貴族院の活動において爵位の等級に重要性はない
※この「イギリスの公爵」の解説は、「公爵」の解説の一部です。
「イギリスの公爵」を含む「公爵」の記事については、「公爵」の概要を参照ください。
- イギリスの公爵のページへのリンク