『向こう半分の人々の暮らし』
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「ジェイコブ・リース」の記事における「『向こう半分の人々の暮らし』」の解説
本来リースはスラム街での十数年間にわたる取材の中で撮影した写真集を出版するつもりであった。しかしどの雑誌社も関心を示さなかったところ、『スクリブナーズ・マガジン』の編集者が興味を示したため、雑誌記事「向こう半分の人々の暮らし―ニューヨークのテネメントの実態調査(How the Other Half Lives: Studies Among the Tenements of New York)」は1889年のクリスマスに刊行された。当時ヘンリー・ジョージの単一税制を支持し、ジョージの理論や分析を学んでいたリースは、この機会を「ジョージ主義的な情熱」で地主を非難するのに使った。 記事の中では21枚の挿絵が用いられたが、ほとんどがリースらが撮影した写真をもとに5人の挿絵画家によって木版画に写し換えられたものであった。挿絵が掲載された理由としては、当時のハーフトーン技術がまだ確立しておらず、不鮮明な上にコストがかかったことに加え、まだ絵画に比べ写真の芸術的価値が低かったことが挙げられる。出版社側としても撮影技術と構図の未熟な写真を掲載するより、手慣れてセンスのある挿絵画家による修正版を好んだ。このため自分の文章と全く関係ない絵が挿入されていたことに、リースは少なからず苛立ちを覚えていたとみられる。リースがリースが保管していた雑誌掲載記事には「記事の中にこの絵がこっそり入れられた。これは私のではないし、なんの関係もない」という殴り書きが残されている。 本の中ではイタリア人街やユダヤ人街、チャイナ・タウン、人種混合地帯、ドヤ街などスラムを形成する様々な地区、住宅の模様、住民の悲惨な生活と労働を描いている。加えて人口密度や乳幼児死亡率、少年非行率などの一般的な記述とともに、様々な事例や具体的な体験談を織り交ぜて、貧しい人々の生活を記している。 翌1890年11月に、書籍『向こう半分の人々の暮らし(How the Other Half Lives)』は出版された。大幅に加筆されて25章からなる本文に、21枚の挿絵、そして新たに17枚のハーフトーン印刷の写真とテネメントの平面図4枚と鳥瞰図、統計資料、巻頭詩と序文が付け加えられたものであった。 ハーフトーン印刷を用いた写真図版17枚、写真からおこされた木版画19枚からなっており、当時としてはハーフトーン印刷を全面的に取り入れた最初の本であった。なお新聞におけるハーフトーン印刷の導入は1880年だとする説が一般的であるが、それ以前は写真と文章を同時に印刷することはできなかった。加えてハーフトーン印刷の普及には高速で性能のよい印刷機械の登場を待たねばならなかった。『ニューヨーク・トリビューン』では1897年からハーフトーン印刷を常用するようになったが、大多数の新聞社では線画凸版を並行して使っていた。それゆえに、ハーフトーン技術が複製可能な写真の潜在能力を爆発させ、豊穣な20世紀の映像文化を生み出す上で、非常に重要なものであったことを、ヴィッキ・ゴールドバーグ(Vicki Goldberg)は指摘している。 『向こう半分の人々の暮らし』は順調に売れ、よく引用された。いくつかの書評ではあまりに単純化し、誇張しすぎていると批判されたが、概して好評であった。リース自身は、この成功は、ウィリアム・ブースの『最暗黒の英国とその出路(In Darkest England and the Way Out)』や、またワード・マカリスター(Ward McAllister)が富裕層を描いた、『Society as I Have Found It』によって社会改良への人々の関心が高まったおかげであると考えていた。この本は模倣作を助長してしまい、『Darkness and Daylight; or, Lights and Shadows of New York Life』(1892)などはどいうわけかリース自身の写真を盗用していた。その後も反響を呼び、刊行後5年で版は11版にも及んだ。 本書の訳(ジェイコブ・リース 2018)を出版した千葉喜久枝はあとがきにて、「フォトジャーナリズムという新しい手法を通して社会的に大きな役割を果たした作品であると同時に、19世紀末のニューヨークの移民の暮らしを文章と写真で記録した作品として、今なお重要な意味をもつといえる。」と評価している。
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