石川理紀之助百歌集
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 08:25 UTC 版)
【石川理紀之助百歌集】は、種苗交換会の育ての親である秋田県の農事功労者として、さらには歌人として名高い石川理紀之助が、最晩年の大正4年に自身の詠草25万~30万首の中から100首を自選し、色紙大の紙に一首ずつ百首書いたものである。巻頭には山田石川家の写真と、石川の晩年の写真を貼り付け、仏教哲学者の井上円了の漢詩の「其妙入神、其技驚鬼」の讃を添え、俳人の瀬川露城の俳句、画家の渡辺直堂の絵が加えられている。折りたたみ手本形式で二冊にわけて表具してあり、まことに立派なものである。 【石川理紀之助百歌集】は、和歌の門人の菊池長三郎に揮毫した百教訓歌集である。山形県生まれの菊池長三郎は、壮年の頃、秋田県北秋田郡阿仁合町に居住し、写真業のかたわら石川に和歌を学んだ。菊池長三郎は昭和初年頃に世を去り、百歌集帖は女婿某の譲られる所となった。その後、昭和12年初秋に隣県から秋田県立図書館にもたらされた百歌集帖をめぐり、譲渡の交渉が始まった。これを県内に留め置けないならば、石川に対し全く申し訳のたたないことであったが、当時としては非常に高価だったため、初めはむなしく手をこまねくほかなかったようである。幸い、昭和6年~9年(第54回~第57回)種苗交換会の会頭で前秋田県農会長であり、秋田県仙北郡内小友村長でもあった佐藤維一郎の多大の厚志により、昭和13年4月秋田県立図書館に寄贈され、永久保存される運びとなった。 昭和20年6月27日には、第二次世界大戦の空襲による焼失を防ぐため、その3年前の昭和17年に設置されていた石川文庫(遺著文庫)への疎開が行われた。 原本の外題(げだい)は【石川理記之助百歌集】で、【紀】が【記】になっている。くずし字の原文は、小林忠通『秋田県立図書館所蔵 日本人の心 定本 石川理紀之助百歌集 増補改訂版』(秋田県立図書館所蔵、横手市立横手図書館所蔵)に記されている。 秋田県立図書館デジタルアーカイブ 石川理紀之助百歌集(第一冊) 秋田県立図書館デジタルアーカイブ 石川理紀之助百歌集(第二冊) 001. <秋寒(あきさむ)> 種瓜の 枯れて残れる 裏畑に 吹く風寒し 小山田の里秋寒は秋になって感じはじめる寒さ。 石川が草木谷に庵を結んで貧農生活の過ごした時の和歌。 002. <山居にて> 世を捨てて 独(ひと)り住む身は 思うこと なくて寝られぬ 夜半(よは)もありけり山居生活の心境。夜半はよる、よなか。 石川が草木谷に庵を結んで貧農生活の過ごした時の和歌。 003. <(無題)> 朝にとく 起きよと人を 叱るより 遅く寝るなと すすむるぞ良きとく(疾く)は早くの意。朝の早起きを奨励。 004. <みなと> 賑わしく 舟の出入(いでい)る 港には いつも黄金(こがね)の 波ぞ寄りくる 005. <むら> たちまちに 家は続きて 村境(むらさかい) 分かぬばかりに なりにけるかな 006. <(無題)> みちぬれば 欠くる習いを 月影の 上にのみとや 人の見るらん 007. <(無題)> 大方の 事は昔の ままにして 賢き人も おきける物を 008. <声> 睦まじく 親子兄弟(おやこはらから) 打ち集(つど)い 笑うにまさる 声なかりけり大正7年9月8日、この和歌の歌碑が能代公園二の丸に建立されている。 009. <思うこと> 怠らず 業(わざ)いそしめば 月花に 遊ぶいとまも ある世なりけり 010. <竹> 一(ひと)もとの 竹の中にも 憂(う)き節と 嬉(うれ)しき節の ある世なりけり 011. <児島高徳> 桜木に とどめし君が 唐歌(からうた)に 大和心は あらわれにけり児島高徳は、鎌倉時代末期~南北朝時代にかけて活躍したとされる、備前国児島郡林村出身の武将。 012. <(無題)> 足ることを 守る心の 奥にこそ 黄金花咲く 山はありけれ 013. <兼好法師> 人訪わぬ 双ヶ丘(ならびがおか)の 春雨に 徒然草(つれづれぐさ)や 萌え出(い)でにけん兼好法師は吉田兼好。鎌倉時代末期の歌人、随筆家。『徒然草』の著者として有名。 双ヶ丘は、京都府京都市右京区御室双岡町に所在する国の名勝に指定されている孤立丘。 014. <除草> 蟹爪(かにつめ)も 車もあれど 田草取り 業(わざ)は人手に 及ばざりけり蟹爪は雁爪(がんづめ)。農具の一つ。歯が三~四本に分かれ、内側に曲がっている鍬。短い柄をつけて田の株間の打ち返しや除草に用いる。 雁の爪に似ていることからこの名がある。明治44年6月17日に豊川で蟹爪競争会を行っている。業は仕事。 015. <江上春月> 難波江(なにわえ)の 葦(あし)の角組(つのく)む 夕べより 月は朧(おぼろ)に なりにけるかな 016. <(無題)> 下(しも)に居る 事の難きを 忍ばずば 人の上にも 立たれざりけり 017. <(無題)> 馬の上の 眠りに似たる 世なりけり 落ちぬ限りは 覚(さ)めじとぞ思う原文のねふりは居眠りのこと。 018. <(無題)> 老いの坂 のぼるにつけて 一向(ひたすら)に 杖と頼むは 子供なりけり 019. <夕立雲> 夕立の 山の端(は)つたう 浮き雲は 目にかかるさえ 涼しかりけり 020. <蝸牛(かたつむり)> 重荷(おもに)負(お)いて 遠き道行く ことわりを 知らせ顔なる かたつむりかな 021. <(無題)> 中々に 得たる宝を 捨てるかな 黄金花咲く 山を尋(たず)ねて 022. <隣> 何事も 心易きは 行いの 善(よ)き人住める 隣なりけり 023. <夕春雨> 山本は 霞ながらに 暮れにけり 梅咲く頃の 春雨の空 024. <地震> おそろしき ないに思えば あらがねの 地の底までも 浮世なりけりないは古語で地震のこと。あらがねのは「地」にかかる枕詞。通常、あらがねは、山から掘り出したまま精錬していない金属。 025. <馬車(うまぐるま)> 知る知らぬ 乗ればすなわち 馬車 膝を交(まじ)うる 仲となりぬる 026. <橋> 空蝉(うつせみ)の 世渡る橋の 危うきは 人の心の 動くなりけり空蝉のは「世」にかかる枕詞。空蝉はこの世に生きている人間のこと。 027. <夕顔> 手弱女(たおやめ)が 手よりこぼれし 種ならん 垣根に白き 夕顔の花手弱女はやさしい女性、しとやかな女性。 028. <川千鳥> 墨染(すむぞめ)の 夕山嵐 吹き落ちて 川添い堤 千鳥鳴くなり川千鳥は川にいる千鳥。墨染は墨で染めたような黒い色。 029. <静> 群肝(むらぎも)の 心静かに なす業(わざ)は 急がんよりも 物のはかゆく群肝のは臓腑に心が宿ると考えたことから、「心」にかかる枕詞。 030. <別恋> 立出でて 見送る影を へだてたる 岡邊の松は 誰か植えけん岡邊(岡辺)は岡のあたり。次の一首が古今和歌集にある。夕月夜 さすやをかべの 松の葉の いつともわかぬ 恋もするかな 031. <酒> 過ごすなと 言われし親の 心をば 酒より先に 汲むべかりけり 032. <(無題)> おのが身の 老いを忘れて いつまでも 子を幼しと 思いけるかな 033. <寄道祝> 古(いにしえ)の 千代の古道 ふみわけて 更に開くる 世にも有るかな 034. <(無題)> 黄金(こがね)のみ 国の宝と 思うこそ 下りたる世の しるしなりけれ 035. <(無題)> 味あれば 飽くこと易し なかなかに 味なき物の 味をこそ知れ 036. <馬車> 打てば火の いずるばかりの やせ馬に 車引かせて 追う世なりけり 037. <(無題)> 人の身の 楽しき種と なるものは 足ることを知る 心なりけり 038. <鬼> 法の師の 説くや奈落(ならく)の 底よりも 心の鬼の 恐ろしきかな 039. <愛菊> 余り苗 植えし中より 珍しき 菊の一花 咲き出(い)でにけり 040. <盃> 三つ二つ 掟正しく 飲むほどは 盃ごとの 盛りなりけり 041. <菅(スゲ)> 奥山の 岩もと 小菅(こすげ) 徒(いたずら)に 今年の夏も 刈る人はなし 042. <老> かばかりの 事も老いては 忘るやと 人を言いしは 昨日なりしを 043. <汽車> 夜昼と はしる車の 道にさえ 猶枕木の ある世なりけり 044. <山水> 世の中の 塵(ちり)も交(まじ)らぬ 足引(あしび)きの 山下水の 音のさやけさ足引きのは「山」にかかる枕詞。語義とかかる理由は未詳。『万葉集』では「あしひきの」だが、中世以降は濁音化する。 045. <夕落葉> 夕月夜 ねぐらにかえる 山鳩に 枝を譲りて 散る木の葉かな 046. <(無題)> 口にのみ 言う人多し 幾十度(いくそたび) 見つつ聞きつつ 行わずして幾十度は何十回、何度も、たびたび。 047. <(無題)> 狙い打つ子等が 巷(ちまた)の 雪礫(ゆきつぶて) 外(はず)れがちなる 世にこそありけれ 048. <書籍> 古(いにしえ)の 聖(ひじり)のふみは 世の人の 心の闇を照らす ともし火古の聖は諸国をめぐって勧進、乞食(こつじき)して修行した高野聖や遊行聖。 049. <新年> 老いゆくも 思い忘れて 嬉しきは 年の始めの 心なりけり 050. <谷余花(たによか)> 風うとき 谷間に残る 花見れば 世に知られぬも 嬉しかりけり余花は初夏を表す季語。立夏前の桜は残花、立夏後の桜は余花。 051. <野径月> 行けど行けど 月には触る くまもなし 野は鳴く虫の 声ばかりしてくまもなしは、くもりやかげがまったくないこと。 052. <山居にて> 山に居れば 猿に似たれど 世の中の 人まねせぬぞ 我が心なる石川が草木谷に庵を結んで貧農生活のはじめた時の和歌。 053. <(無題)> とく馳(は)せて 荷鞍(にくら)をかえす 若馬は みな腹帯の ゆるきなりけりとく(疾く)は早くの意。「若馬」が「若駒」(若い馬の意)の和歌もある。 054. <(無題)> 磨くその 力によりて 瓦とも 玉ともなるは 心なりけり石川の代表作。 055. <岸藤花> 里人が 小舟をつなぐ 川岸の うつぼ柳に 藤咲きにけり 056. <(無題)> 人の為 涼しき風を いだすには 扇も骨を 折る世なりけり 057. <竹馬> 竹馬に 乗りて遊びし 友垣も 一ふしあるは 少なかりけり 058. <(無題)> 老いは世の 宝なりけり 若竹の 笛にならぬを 見るにつけても 059. <外交> 海よりも 大御心(おおみこころ)の 広ければ 世に交わらぬ 国なかりけり大御心(おおみこころ)は天皇の心を敬っていう語。 大御心(おおみごころ)と読むと、明治神宮のおみくじとなる。 060. <(無題)> 海山は 神のつくれる 庭なれや 見れど飽かれず 行けどつきせず 061. <氷解> 吹くままに 解け行く池の 薄氷(うすらい)は 風のわたるも 危うかりけり 062. <盆栽> 窓の内に もてはやされて 霜雪を 知らぬ草木も ある世なりけり 063. <梅雨> 谷川の 水の白波 岩越えて 山かげ暗く 五月雨(さみだれ)ぞ降る石川が草木谷に庵を結んで貧農生活の過ごした時の和歌。 064. <(無題)> 幸(さいわ)いを 願わば 早く改めよ 神の嫌いの 朝寝夜遊び 065. <浦舟> 松原を 背向(そがい)になして 風早の 三保の浦舟 沖に出(い)でにけり背向は背後。「松原をうしろになして」の和歌もある。 066. <磯松> 枝たれて 下這(は)う磯の 老松は 風折れもなく 千代ぞ経(へ)にける 067. <誓恋> 誓いてし 我が中川は 年ふとも 淵にも瀬にも 変わらざりけり 068. <梅雨> 土に棲(す)む 虫もけものも 堪えかねて いずるばかりに 五月雨(さみだれ)の降る 069. <折にふれたる> 今朝(けさ)はまだ 山路を人の 越えざらん 雲のいかきぞ 顔にかかれる 070. <騒> 徒(いたずら)に 騒ぐを見れば 群肝の 心はいまだ すわらざるらん 071. <(無題)> とりわきて 忙がわしきは 千町田(ちまちだ)に 早苗を運ぶ 朝(あした)なりけり千町田は千町もある広い田という意味、千町の繁栄と千の田畑の収穫の恵みがあるようにとの思いを込めた縁起のよい語。 072. <山> 世の塵の 積もりてなれる 物としも 見えぬは山の 姿なりけり 073. <眉> 我が上の こともかからん なかなかに 近き眉毛の 目に見えずして 074. <(無題)> 田に畑(はた)に 大(おお)みたからの とる鍬(くわ)は 治まれる世の 剣なりけり百姓(ひゃくしょう、おおみたから)とは、元は百(たくさん)の姓を持つ者たちを指す漢語。 075. <(無題)> 田を作る 家の教えは 鋤鍬(すきくわ)を 自ら取るの 外(ほか)なかりけり長男民之助を失い、父と母を失ったあたりの感懐がみられないだろうか。 076. <柱> 草分けの 大家の柱 昔より その木の名さえ 知る人はなし 077. <(無題)> 三種(みくさ)こそ 君の御宝(みたから) 真鍬こそ 青人草(あおひとぐさ)の 宝なりけれ青人草は国民。人が増えるのを草が生い茂るのにたとえた語をいう。 078. <(無題)> 怠(おこた)らで 励め我が友 時計る 針さえ人を 振り起こす世ぞ 079. <(無題)> 村肝(むらぎも)の 心一つを 定めずば 人の上にも 立たれざりけり村肝は群肝と同。臓腑に心が宿ると考えたことから、「心」にかかる枕詞。 080. <(無題)> 飛ぶ蝿(はえ)の 清きを捨てて 汚(けが)れたる 物に集まる 人の世の中 081. <(無題)> 風も無く 降り積もりたる 白雪は 消ゆるにも又 はかなかりけり 082. <農夫> 黄金より 玉よりも猶(なお) 田を作る 人こそ国の 宝なりけれ 083. <池田光政> ともし火に 代えて植えたる 神杉も 宮の光と なりにけるかな池田光政は江戸時代前期の大名。播磨姫路藩主、因幡鳥取藩主、備前岡山藩主。幼時より学問を好み、藩政改革に尽力する。 084. <(無題)> 老いぬれば 目はかすめども 世の中の 人の心の くまぞ見えゆくくまは心のうちに隠していること、隠し立て、秘密。 085. <福島正則> 繋(つな)がれし 碓氷(うすい)の山も 引き回す 力ありけり 幼子にして福島正則は安土桃山時代~江戸時代初期の武将、大名。 碓氷の山は群馬県と長野県との境にある碓氷峠。 086. <(無題)> 子を持ちて 初めて知りぬ 数多(あまた)年 養われたる 親の心を長男民之助を失い、父・母を失ったあたりの感懐がみられないだろうか。 087. <山椿> 昔誰(むかしだれ) 住みけん跡ぞ 足引(あしび)きの 山下かげの 椿一むら 088. <竹> 友として 先(ま)ず学ぶべき 一(ひと)ふしは 空しき竹の 心なりけり 089. <(無題)> 子の為に 迷うと人に 言われても 思うは親の 心なりけり長男民之助を失い、父・母を失ったあたりの感懐がみられないだろうか。 090. <心> 剣太刀(つるぎたち) 鞘(さや)におさまる 君が代に 研(と)ぐべきものは 心なりけり明治41年2月の作は「君が代に」が「代となりて」になっている。 091. <故郷菊> ふるさとの これや籬(まがき)の 跡ならん 一もと咲けり 白菊の花 092. <往復はがき> 文通う 鴈(かり)のはがきに 残したる しらふや帰る 翅(つばさ)なるらん鴈(かり、がん)は雁の異字体。 093. <折にふれたる> 蝙蝠(かわほり)の 飛ぶかげ見えて 夏川の 岸の柳に 月はかかりぬ蝙蝠(かわほり)は、コウモリの古称。 094. <橋> 鉄(くろがね)の 柱を立てて 人皆の 世渡る橋も 作りてしかな 095. <(無題)> 散れば皆 人に踏まるる 世なりけり 春の桜も 秋の紅葉も 096. <(無題)> よく積みて よく散らすこそ 世の中に 愛(め)ずる黄金の 光なりけれ愛ずるは古語の愛づで、いとおしむ、大事にすることの意。 097. <(無題)> とく起きて わら打つ槌(つち)の 音聞けば 琴の音よりも 楽しかりけりとく(疾く)は早くの意。 098. <水上霧> 山沢の 水の浮き霧 遠白く 立つかげ見えて 夜は明けにけり石川が草木谷に庵を結んで貧農生活の過ごした時の和歌。 川上富三『石川理紀之助』に、草木谷山居当時、渓間を隔ててはるかにみさご池の夜明けの景を詠んだもので、さわやかな秋気を感じせしめる秀作と記載されている。 099. <(無題)> 心なく 流るる水も 触れて行く 物によりてぞ 音の変われる 100. <萬国祝> あだ波の よるひまもなし 八百萬(やおよろず) 神の守れる 浦安のくに八百萬の神は、神道における神観念で自然の全てのものに宿る多くの神。
※この「石川理紀之助百歌集」の解説は、「石川理紀之助」の解説の一部です。
「石川理紀之助百歌集」を含む「石川理紀之助」の記事については、「石川理紀之助」の概要を参照ください。
- 石川理紀之助百歌集のページへのリンク