三省堂 大辞林 |
なんぼく-ちょうじだい ―てう― 7 【南北朝時代】
(1)後醍醐天皇が京都より吉野へ入った1336年から、後亀山天皇が京都へ帰る92年までの、京都に持明院統の北朝と、吉野に大覚寺統の南朝との二つの朝廷が対立した時代。荘園制の衰退、守護領国制の展開、農民の成長と郷村制の伸展など、大きな社会的変動が続いた時代。吉野時代。
(2)五~六世紀、中国で漢民族の南朝と鮮卑族を中心とした北朝とが対立した時代。南朝は420年成立の宋から斉・梁(りよう)・陳(ちん)、北朝は439年華北を統一した北魏(ほくぎ)から東魏・西魏・北斉・北周の諸王朝。589年隋により統一。
(2)五~六世紀、中国で漢民族の南朝と鮮卑族を中心とした北朝とが対立した時代。南朝は420年成立の宋から斉・梁(りよう)・陳(ちん)、北朝は439年華北を統一した北魏(ほくぎ)から東魏・西魏・北斉・北周の諸王朝。589年隋により統一。
防府歴史用語辞典 |
南北朝時代 (なんぼくちょうじだい)
1336年から約60年間続いた、朝廷が2つ存在していた時代です。建武の新政がくずれ、足利尊氏[あしかがたかうじ]が京都で新しく天皇をたてたのに対し、後醍醐[ごだいご]天皇が吉野(奈良県)で朝廷をつくりました。1392年の足利義満[あしかがよしみつ]の時代まで続きました。
関連項目
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南北朝時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/04 05:06 UTC 版)
南北朝時代(なんぼくちょうじだい)とは、中国、日本、ベトナムの歴史上で、朝廷が南北に別れた時代のことを指す。
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- 2 南北朝時代の概要
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