生物学における還元主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/12 03:57 UTC 版)
生物学において、還元主義とは1.形而上学的命題であり2.説明に関する主張であり、3.研究プログラムである。還元主義者が主張し、反還元主義者も受け入れる形而上学的命題は、全ての生物学的現象も含めるあらゆる現象は物理化学と結びついていると言うことである。非物理的な出来事、プロセスはなく、生物的な出来事やプロセスは全て物理的である。反還元主義は形而上学的主張には反対せず、特定の説明と手法や方法論に反対する。 研究プログラムとしての還元主義は革新をもたらす源であった。ピーター・メダワーは「今まで考案された中でもっとも有益な研究戦略」と呼んだ。ミクロレベルの理解はマクロレベルを調査しても分からない新しい理解をもたらす。その代表が、解剖生理学による臓器の役割の解明、個体の原理的な単位としての細胞の発見などであり、また伝達遺伝学と呼ばれる繁殖にかかわる細胞生理学はラマルク的進化論を退け、分子生物学は古典遺伝学を分子遺伝学とした。 しかし生物学の形而上学における還元主義は常に議論の的であった。議論のルーツは、19世紀末から20世紀初頭の生気論対機械論論争にまで遡ることができる。生物学と物理学、生化学はどのように関連するか。生物学はそれ自身の理論を持っているか。物理学や化学の一分野となるべきか。還元主義は戦略か、教育や説明のための便利な道具に過ぎないか(エルンスト・マイアは貧弱な戦略と見なし、多くの分子生物学者は優れた戦略と見なした)。さらに、生態系は個体群の集合に過ぎないか、種は個体の集合に過ぎないか、個体が細胞の集合に過ぎないか、自然環境における動植物の複雑な関係(生態学)、個体における全体と部分の関係(解剖学と生理学)、胚の初期段階の均一性と成体のパーツの異質性の関係(発生学)はどのようになっているのか。 還元主義に関するもっとも激しい議論は1950年代にメンデル遺伝学と分子生物学の間で行われた。この議論で、"遺伝学は完全に分子生物学化される"とする強い還元主義と、"遺伝学は分子生物学から何も学ぶことはない"とする強い反還元主義の対立が起きた。例えば多面発現効果やポリジーン形質は形質と遺伝子の関係を一対一と捉えては理解できない。また遺伝子はその発現に環境の影響を強く受ける。ハルによれば、メンデル遺伝学の分子遺伝学化は直接の還元ではない。分子生物学者の還元主義的アプローチは遺伝学の理解を深めた。分子遺伝学は、メンデル遺伝学の特定の面を説明する助けとはなる。 1970年代以降、「還元主義」の語は社会生物学論争で多用された。社会生物学の批判者は、"社会生物学は遺伝子だけによって人間の社会行動を説明できると主張している還元主義者である"と批判した。社会生物学者の支持者は次のように反論した。「[なぜ]完璧な信念-複雑な全体は、その部分を元にして説明すべきである-を、馬鹿げた茶番-複雑な全体の性質は部分の中にあるそれと同じ性質の総和である-に還元してしまうのか?」。ジョン・ポーキングホーンは、しばしば強い還元主義者と見なされたフランシス・クリックやリチャード・ドーキンスも、彼らが説明のために自分自身の分野(分子生物学や集団遺伝学)の概念を用いたが、クォークのレベルまで還元しなかった事に注意を促した。 還元主義は生物学に途方もない成功をもたらしたが、しかし分子生物学の近年の進展状況によって、生物システムの複雑さに対しては還元主義が非常に不十分な手法であることが明らかになった。生物の複雑さ(複雑性)に対しては、(還元主義を含んではいるものの)より統合されたアプローチである多元主義が重要なのだ、というのが一致した見解である。
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