狭軌用WN駆動装置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 06:32 UTC 版)
「長野電鉄2000系電車」の記事における「狭軌用WN駆動装置」の解説
問題はモーターおよび駆動装置であった。この開発は制御装置ともども長野電鉄とも古くから関係の深い重電メーカーの三菱電機が担当することになった。 古くから電車のモーター駆動方式としては単純な吊り掛け駆動方式が用いられてきた。車軸と台車枠の間にモーターを橋渡しする形で吊り下げ、車軸にモーター重量の一部を掛けて平歯車で直接駆動する構造である。しかし、吊り掛け駆動は振動・騒音などの弊害が多く、高回転・高速運転に向かない方式で、電車の高性能化の妨げになった。 これを改善するため、1930年代からアメリカなどの電車ではモーターを台車枠に固定して完全なばね上重量とし、ジョイントと高精度な歯車を介して車軸を駆動する「カルダン駆動方式」が採用され始めた。これは線路への悪影響も少なく、高回転・高速運転に適し、電車の性能向上に著しい効果がある。日本でも1950年代に入ってから一般化したが、1956年(昭和31年)頃はまだ導入初期で、メーカーと鉄道会社の試行錯誤が続いていた頃である。 WN駆動方式は、アメリカの重電メーカーのウェスティングハウス・エレクトリック社と、機械メーカーのナッタル社(Natal Co.Ltd)が共同開発した駆動方式で、1920年代から開発が進められ、1941年(昭和16年)からニューヨーク市地下鉄電車に大量導入されて成功したシステムであった。モーターと駆動ギアの間に歯車とばねを組み合わせた特殊ジョイント「WN継手」を介することで、車軸の揺動から電動機を絶縁する構造である。 WN駆動は、日本ではウェスティングハウスのライセンシーであった三菱電機が1953年から京阪電気鉄道の1800系を皮切りに手掛けていたが、元々1,435mm軌間(標準軌)のアメリカの鉄道で開発された方式だけに、日本の鉄道で多数派の1,067mm軌間(狭軌)では車輪内側のスペースが狭すぎ、WN継手の配置スペースを取れないという弱点があった。 このため、狭軌鉄道各社への売り込みでは狭軌に適合する他のカルダン駆動方式を用いたライバルメーカーの後塵を拝していた。長野電鉄が参考にした名鉄5000系も狭軌線用のカルダン駆動電車であり、制御装置は三菱電機製だったが、モーターと駆動装置は東洋電機製造製の中空軸平行カルダンを採用していたのである。そのような状況で狭軌線の長野電鉄が未開発の狭軌用WN駆動を敢えて指定した背景には、三菱電機との長い取引関係があった。 三菱電機は、この困難な課題に対してモーターとWN継手それぞれの小型化(軸方向長さの短縮)で対処することにした。徹底した小型化に加え、モーターの出力軸側部位を凹ませるという変わり技まで用いて、WN継手装備スペースを稼ぐ努力を行った。 この手法によって、まず1956年12月に就役した富士山麓電気鉄道3100形電車で55kWという低出力モーターながら狭軌WN駆動の実現に成功した。続けて翌年就役の長野電鉄2000系でついに競合他社並みの75kWモーターを実現したのである。 狭軌用WNの強化改良は続き、1959年の小田急2400形電車では車輪とモーター径の拡大で120kW、1963年の近鉄南大阪線6900系(後の6000系)では端子電圧340V時の1時間定格出力が135kWに達し、大出力のWN駆動モーターは狭軌でも容易に使用できるようになった。このクラスのモーターは後に長野電鉄が製造した0系「OSカー」にも使用された。 かようなWN駆動方式の普及過程において、2000系での成功は画期的であったといえる。 ^ RAILWAY TOPICS 長野電鉄2000系特急冷房改造車を塗装変更 - 鉄道ジャーナル1990年2月号(鉄道ジャーナル社)
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