樹勢回復調査の実施
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「幸神神社のシダレアカシデ」の記事における「樹勢回復調査の実施」の解説
1970年(昭和45年)当時の写真では、この木の枝は北側を除くすべての方向で地面に達するほどにしだれ、その長さも1メートル以上になっていた。樹勢は旺盛で枯れ枝も見えず、よく茂って枝垂れた葉に隠れて樹冠が見えなくなるほどであった。しかし、1986年(昭和61年)の写真記録ではしだれの長さが半減して枯れ枝が目立つようになり、とりわけ北東側と西側で枝の脱落が目立って樹冠に大きくすき間が形成されているなど、樹勢の衰えは明らかになっていた。このため1991年(平成3年)4月から、樹木医が継続して点検管理を行うことになった。点検の内容は新枝の伸長量、枝葉の密度、葉の大きさ、枯れ枝の発生、病虫害の発生の6項目であり、点検時にはスミチオン200倍液を散布した。 この点検の結果から、枝葉の密度、枝の伸長、葉の色などから樹勢は全般的にやや不良であるが、ひどく衰退した状況ではないと判断された。しかし、平成18年度には枝枯れの規模が拡大し大枝の枯損の兆候が表れ、平成19年度には大枝の枯死が確認された。そのため日の出町は平成20年度天然記念物「緊急調査」国庫補助事業の申請を行い、樹勢衰退の原因特定に関する調査と樹勢回復対策を取ることになった。 樹木医学会監事の堀大才を座長とし、腐朽菌類分野や樹木病害分野、穿孔虫害分野、遺伝子保存分野の専門家や日の出町の文化財保護審議会のメンバーを加え、オブザーバーに文化庁文化財部記念物課文化財調査官などを迎えて「幸神神社のシダレアカシデ」樹勢回復調査委員会が立ち上げられた。この委員会の指導のもとに、日の出町教育委員会が事業実施を担当した。検討委員会は2008年(平成20年)4月20日から2011年(平成23年)1月14日まで、合計7回開催された。 その結果、樹勢不良の最大の原因は西側に生育していた樹木による日照の不足とされた。2010年(平成22年)2月から3月にかけて、日照を阻害していた樹木の伐採と剪定を実施した。この木の周囲には車両が進入するスペースがないため近隣の民家の協力を得て敷地内に25トンのクレーン車を設置し、吊るし切りによる作業を行って33本の樹木を伐採し、6本の樹木を剪定した。この作業によって日照条件は著しく改善し、2010年(平成22年)の枝の伸長量はそれ以前の数年に比べてかなり良くなり樹勢回復の兆しを見せ始めた。 病害虫状況については、樹木病害分野、穿孔虫調査、腐朽菌分野で調査が行われた。樹木病害分野では、枝枯れ症状は病原菌によるものではなく、水分ストレスなどの生理的要因によると推定されたため、周辺環境改善や土壌改良の実施によって軽減されるものと思われた。土壌についてはならたけ病や白紋羽病(しろもんぱびょう)などの発生は認められなかった。枝枯れ症状の発生や土壌改良の実施の際には、専門家の意見を求めることや土壌病害調査実施が助言された。 穿孔虫調査では、たくさんのカミキリムシやキクイムシ等が調査用のトラップにかかった。いずれもこの木の活力が弱ったり枯れたりした部分に入り込んだもので、樹勢に決定的な悪影響を与えたものは見つからなかった。3年間続いた調査から、この木が衰弱していたために多数の穿孔性昆虫類が集まって生活していたことが明らかになった。周辺で日照を阻害していた樹木の伐採と剪定やシロアリ防除目的の殺虫剤散布効果で樹勢回復傾向にあるものの、今後の病害虫発生が否定できないため、毎年5月から7月までのトラップによるモニタリング調査実施が必要とされた。 腐朽菌分野では、2010年(平成22年)12月26日の土壌調査で腐朽菌が繁殖している枝が確認された。そのため腐朽部で枝の切除を実施して調べた結果、腐朽力が強い「アナタケ」であることが判明した。アナタケは2008年度(平成20年度)に切除を実施した大枝でも、繁殖が認められていた。今までの調査によって、この木には頻繁に枯れ枝が発生する傾向が見受けられるため、枯れ枝に腐朽菌が進入した場合、腐朽の進行が極めて速く、他の大枝や幹にまで危険性が及ぶことが指摘された。
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