成巫過程
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/07 04:53 UTC 版)
「ユタになる運命は生まれたときから定まっていると、かたく信じている沖縄の人々は少なくない」と桜井徳太郎は述べているが、彼が面接したユタもまた例外なくユタになるのは宿命であったと答えている。では宿命であると考える理由は何かと問うと、サーダカンマリであるからとの返事がかえってくるという。「性高い生まれ」と訳されるこの資質は、神霊・死霊・精霊の霊界と交渉を持ち、巫女として超自然的超越者の意志を聞くことのできる聖職者となるために備え持たなくてはならない基本資質であり、ユタのみならず祝女など神人(カミンチュ)にとっても不可欠な要件である。 サーダカンマリの素質は神に選ばれた者のみに与えられるとユタは信じているが、そうした選民観をユタは最初から所有しているわけではなく、巫事(ユタグトゥ)を積み重ねるうち次第に修理固成されていく。 沖縄では幻覚症状を伴った無意識行動を取ることをターリィと言い、その内容が神事(カミグトゥ)、つまり神々に関係がある場合にカミダーリィと言う。 しかし夢遊病者的行動に出るのは、神の導きによって生起すると見られるので、ターリィ全般をカミダーリィということが多い。このカミダーリィは、精神病者である狂人(フリムン)、物狂い(フリトゥーン)、狂暴(フラグゥ)とは区別される。 カミダーリィは、初期には単なる病気としか思えないが、やがて幻覚の中に現れるカミまたはカミの使者の「お知らせ(ウシラシ)」を受け、神事(カミグトゥ)に入らないとターリィは癒らないと脅される。しかし、多くのユタたちの告白によれば、家庭を犠牲にすることやユタとして生計を立てられるか等の不安から神事に入ることを躊躇し、殆どの人が「お知らせ」を無視したり、聞かないふりをして正常な生活を維持しようと試みる。だが、その様な判断のもとに進むとまたカミダーリィに襲われ、今度はカミまたはカミの使者から、入巫しないと不幸になる・病気が重くなる等の威嚇めいた催促(セイジュク)を受け、心身の苦痛はいよいよ烈しく迫ってくる。 カミダーリィはユタになるまでに必ず通過し、体験しなければならない関門で、ユタの告白によるとカミダーリィは必ず原因不明の病気が随伴する。佐々木宏幹は、カミダーリィが巫病の性格・内容を典型的に備えたものであると述べている。 こうして岐路に立たされ、悩み悩んだ末、ついにユタの判断(ハンジ)を求めて巫家(ユタヌヤー)へ赴き、そこでユタに頼み御願(ウグヮン)をしてユタになる道順の手ほどきを受ける。この道程にあるユタ志願者を一般にナライユタという。手ほどきを受けるユタの選定はナライユタ自身の自発的意思によっておこなわれるので、学生が自己の希望で講師を選択するように、何人ものユタを渡り歩いて巫法を覚える。このため、イタコなどのように固定された師弟関係を結ぶことがない。ナライユタは、必要に応じて巫家へ赴いてユタの手法を見守ったり、御願のために聖地を巡拝するユタに随伴し、線香(ウコウ)の供え方や御意趣(グイス。巫儀の導入部)の際の唱え文句を覚える。 こうして巫家を歴訪して神事に精を出し、各地の聖地へ御願回り(ウグヮンマァーイ)をするうち、噂を聞いた近所の家から巫儀をお願いされ、良い評判が取れれば次第に客が増えて知らず知らずのうちに一人前のユタが成立する。このようにユタとして独り立ちした状態は道あけと呼ばれる。しかし、カミダーリィ状態にあった人が、必ず道あけするとは限らない。道あけは、霊的存在から賦与された能力を人々の救済のために具体的に行使できるようになったことを意味するが、そこへ至るのが容易ではないからである。カミダーリィにありながら道あけできない状態にあることを「サバキキレナイ」状態と呼ぶが、こうした道あけできない人々は身内にユタや霊高い(セジダカイ)人を持たないことが多い。 以上のような成巫過程ため、イタコの「神憑け」のような成巫儀礼はおこなわれず、ユタの成立は入巫のけじめが見られないという特徴がある。 これらユタとなった者の多くは、その生涯において不遇な経験をしている。リーブラ(William P. Lebra)は結婚の失敗・家庭内不和・数度の離婚などの経験を報告し、桜井徳太郎はこれらに加え医者にかかっても癒らない性の悪い腹障り・頭痛・喘息・神経痛などの発症をあげている。佐々木宏幹は、リーブラがあげる家族の人間関係における相克・葛藤、桜井徳太郎があげる身体的異常が、多くの場合カミダーリィ前後に併行し複合化して現出すると述べ、この事例として宮古島市の男性の場合をあげている。彼は失恋などの後にノイローゼ症状と医者に診断されたが、彼の姉は「神の道へ入れと言う知らせであり、入らないと生命にかかわる」と述べ、そのうち身体に異常をきたして彼自身もカミダーリィを自覚したことが紹介されている。 さらに佐々木宏幹は、離婚によって夢と不眠に悩まされ、ユタの判断(ハンジ)によって異常行動に拍車がかかり、加えて親族知人からサーダカンマリであるとの刻印を押されて「仕方がないからユタにならざるを得ない」と思っているカミダーリィの女性を例にあげ、このような人々が多数いるとも述べている。
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