思想と教え
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イサアクは同情心、慈悲、へりくだる心、祈りと沈黙を愛する心を強調する。 「悔い改めは慈悲への門、この門を通ることなしに人は慈悲を見い出すことはできない」。 「自分自身の内に引き受けた姿で、あなたは軽蔑され、退けられなさい。そうすれば、あなた自身のうちに神の栄光を見るであろう。謙遜が花開くところには神の栄光が輝き出る」。 「貧しい人を愛しなさい。彼らを通してあなたは慈悲を見い出すであろう」。 「同情心とは、全被造物のため、人間のため、鳥のため、動物のため、悪霊たちのため、そして、存在するすべてのもののために燃える心である」。 「徳は労苦や困難が伴っていなければ徳の名に価しない」。 「祈りの中で時には、聖書のみ言葉が、それ自身口の中で甘くなるであろう。そして祈りのごく短い一句が数えきれないほど幾度も繰り返される」。 「心がへりくだっていない限り、心のさまよいを止めることは不可能である。謙遜こそは心を集中させるからである」。 「知識は信仰に反対する。信仰はすべてこれに属するものにおいて知識による方法の破壊であって、かつ非霊的な知識の破壊である。……信仰は工夫を凝らし方法を詮索するものにはすべて遠ざかり、思想のあり方に唯一、潔白、単純であることを要求する。」。 「知識は恐れを伴い、信仰は希望を伴う」。
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思想と教え
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/26 20:33 UTC 版)
一般に、法然は善導の『観経疏』(かんぎょうしょ)によって称名念仏による専修念仏を説いたとされている。ここでは顕密の修行のすべてを難行・雑行としてしりぞけ、阿弥陀仏の本願力を堅く信じて「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える易行(いぎょう)のみが正行とされた。 法然の教えは都だけではなく、地方の武士や庶民にも広がり、摂関家の九条兼実ら新時代の到来に不安をかかえる中央貴族にも広まった。兼実の求めに応えて、その教義を記した著作が『選択本願念仏集』である。日本仏教史上初めて、一般の女性にひろく布教をおこなったのも法然であり、かれは国家権力との関係を断ちきり、個人の救済に専念する姿勢を示した。 自分を含めて万人の救済を追求した法然は「自力」の仏教を離れ「他力」の仏教に行き着いた。それまでの仏教は万人が「仏」になる方法を示していなかったのであった。ここで言う「仏」とはもちろん死者の意味ではなく、「真理を悟った人」の意味である。仏教の目的は人が「仏」になることにある。 「真理を悟った人」とは、すべての存在を「ありのまま」に見る「智慧」を獲得し、あらゆる人に対し平等の「慈悲」を実践できる人ということができる。法然の心をとらえたのは、このような「智慧」や「慈悲」の獲得が、万人に開かれているのかどうか、という問題であった。 この問題に答えるために、法然が見いだした人間観こそ「凡夫」に他ならない。「凡夫」とは、「煩悩」にとらわれた存在である。片時も欲望から自由であることができない、欲望をコントロールできない存在である。それが普通の人間である。その普通の人間が欲望を持ったまま「仏」となる道が求められねばならない。「凡夫」が「仏」となる教えも仏教にあるはずだ、と法然は考えた。こうして発見されたのが、「阿弥陀仏の本願力によって救われてゆく称名念仏」であり「浄土宗」なのである。
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