志賀潔とは? わかりやすく解説

しが‐きよし【志賀潔】


志賀潔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/29 10:03 UTC 版)

志賀 潔(しが きよし、1871年2月7日明治3年12月18日) - 1957年昭和32年)1月25日)は、日本医学者・細菌学者。位階正三位赤痢菌の発見者として知られる。朝鮮総督府医院長・京城医学専門学校校長・京城帝国大学総長などを歴任。


注釈

  1. ^ 家の障子を新聞紙で張り、壊れたつるを紙で修繕した眼鏡を掛けた肖像が土門拳の写真集『風貌』に残されている

出典

  1. ^ 竹田美文 『感染症半世紀』 (2008年、株式会社アイカム)
  2. ^ 北里柴三郎の門下生”. 北里柴三郎記念室. 2019年5月19日閲覧。
  3. ^ 渡辺義政『カルメット氏B C G「ワクシン」ヲ以テセル結核免疫試驗(第一囘報告)』「結核」誌7:496頁-497頁、1929年
  4. ^ 石田純郎『志賀潔と京城帝国大学 - 朝鮮で医学教育に尽くした人々(下)』 日本医事新報4385号、2008年5月10日 p.85 - 88
  5. ^ 『朝鮮社会事業』9巻3月号より「らいの歴史」、1931年3月
  6. ^ 藤野豊『いのちの近代史』 かもがわ出版、2001年
  7. ^ a b c 志賀潔『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  8. ^ a b c 遣稿「回想録」から 志賀亮 シガマコト理科好き子供の広場
  9. ^ 『増補北里柴三郎とその一門』長木大三 慶應義塾大学出版会, 1992, p110
  10. ^ 『志賀潔』高橋功、法政大學出版局, 1957, p84
  11. ^ a b c 志賀潔
  12. ^ a b c d e f g 『志賀潔』高橋功、法政大學出版局, 1957, p171
  13. ^ 加納駿平歴史が眠る多磨霊園
  14. ^ 仙台市名誉市民”. 仙台市. 2022年6月8日閲覧。
  15. ^ 『官報』第8257号、「叙任及辞令」1910年12月28日。
  16. ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。


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