小野神社
小野神社
小野神社 鎮座地 滋賀県滋賀郡志賀町小野 ※和邇駅から南約1km徒歩10分 ご祭神 天足彦国押人命 あまたらしひこくにおしひとのみこと 米餅搗大使主命 しとぎつきおおかみぬしのみこと | |||||||
琵琶湖の西岸、志賀町小野に鎮座する。国道161号線の旧道から少し西へ入ったところ。 旧郷社。推古天皇の時代(592~628)、小野妹子が先祖の天足彦国押人命と米餅搗大使主命を祀って創建したという。延喜式神名帳には名神大社として名を残している。 天足彦国押人命は、人皇五代孝昭天皇の第一皇子で、近江国造の祖と伝える。 米餅搗大使主命は、天足彦国押人命の七代目の孫で、応神天皇のころ(270~310)、餅のもとである粢(しとぎ)を初めて作ったので米餅搗(しとぎつき)の姓を賜ったという。餅造りの始祖とされ、現在ではお菓子の神様として、広く信仰を集めている。 | |||||||
小野神社では、毎年十一月二日に粢(しとぎ)祭りが古式ゆかしく行われる。この日は新米の餅米を木臼で搗き固めて生餅を作り、納豆のような苞に入れて粢を作る。これに青竹の筒に入れた酒と蜂蜜・生栗(山の菓)・蕎麦の実(水の菓)を添えて神前に供える。この祭日には、全国からたくさんの箸業者が集まり、大いに賑わう。 粢は餅だけではなく、菓子の初めともされており、小野神社は古くは、餅や菓子の商人の位である匠(たくみ)・司(つかさ)などの免許を授与していたともいわれる。 | |||||||
お社の両脇にあるのは狛犬ではなく鏡餅。 | |||||||
神域は約3万300平方m、木々が茂って風致に富み、神明造りの社殿が静かなたたずまいをみせている。社宝に平安末期の大般若経600巻、貞治6年(1367)在銘の経箱があり境内の一隅に康永4年(1345)の石像宝塔が建つ。小野小町の供養塔と伝えられている。 摂社の小野篁神社と小野道風神社の本殿は、国の重要文化財に指定されている。 小野神社祭事御由来へ | |||||||
小野神社
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 18:34 UTC 版)
小野神社の社殿は、寛文12年(1672年)4月の焼失を受け、松本藩主の水野忠直が同年9月までに再建したものである。本殿2棟と八幡宮本殿が南から並列し、勅使殿がその前方中央に位置する。本殿が2棟あるのは、御柱祭の際に一方からもう一方へ遷座するためで、同形式・同規模の一間社流造で建てられている。八幡宮本殿はやや小さい一間社流造の見世棚造、勅使殿は切妻造の四脚門である。いずれも現在は銅板葺であるが、古くは柿葺であった。社殿には寛文期に共通する形式とともに、小野神社特有の形式も見られる。これら4棟は長野県宝に指定されている。 2018年(平成30年)には台風第21号で本殿のうち1棟が倒木により大破する被害に遭っている。 本殿2棟、八幡宮本殿、勅使殿(いずれも長野県宝) 拝殿 神楽殿 鳥居
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