南方慰問・捕虜生活とは? わかりやすく解説

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南方慰問・捕虜生活

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/30 04:33 UTC 版)

藤山一郎」の記事における「南方慰問・捕虜生活」の解説

1941年昭和16年)に太平洋戦争開戦した序盤日本軍優勢で、軍は新聞社対し各地駐屯する将兵娯楽与えるため慰問団の結成要請した読売新聞社海軍要請受けて南方慰問団を結成すると、藤山はこれに参加した藤山には音楽先進国であるヨーロッパへ渡りたいという思い強くヨーロッパ諸国植民地であった所へ行けばヨーロッパ文化触れることができるかもしれないという思いと、祖国役に立ちたいという思いからこれ加わった当時日本軍渡航直前1943年昭和18年2月1日ガダルカナル島から撤退するなど、南方苦戦強いられていたが、藤山はそうした情報正確に把握していなかった。藤山は後に、もし戦況正確に把握できていたら南方慰問には出なかったであろう述べている。 1943年2月慰問団はボルネオ・ジャワ方面海軍将兵慰問のため船で横浜港出発途中で寄港した高雄港では敵の潜水艦による魚雷攻撃を受け(かろうじて命中しなかった)、藤山初め戦局内地宣伝されているよりもはるかに緊迫したのであることを察知することになった3月ボルネオ島カリマンタン島バリクパパン到着ボルネオ島のほかスラウェシ島ティモール島など、周辺一帯慰問回った藤山持ち歌軍歌の他、地元民謡歌った海軍士官作った詞に曲を付け歌ったこともある(『サマリンダ小唄』)。藤山7月予定されていた慰問終え帰国した藤山帰国後すぐに海軍より再度南方慰問要請を受け、11月スラウェシ島向けて出発した藤山ヨーロッパ文化にさらに触れ現地民謡採譜したいという気持ちから要請承諾した前回慰問での扱い軍属で、藤山はこれに強い不満を覚えていたが、この時は月給1800円の海軍嘱託奏任官5等少佐待遇としての派遣であった藤山慰問団はスラウェシ島ボルネオ島小スンダ列島バリ島ロンボク島スンバワ島フローレス島スンバ島ティモール島などを巡ったこのうちスンバ島多数敵機飛び交う最前線の島で、慰問訪れた芸能人藤山ただ一人であった小スンダ列島慰問するにあたり軽装着任するよう要請され藤山は、愛用していたイタリア・ダラッペ社製のアコーディオンスラウェシ島置いたまま出発したが、同島に戻ることなく敗戦迎えたため手放す羽目になった。これ以降藤山ジャワ島スラバヤ購入したドイツ・ホーナー社製のアコーディオン愛用することになる。 1945年昭和20年8月15日藤山ジャワ島スラバヤマディウン向かい移動する車中日本の敗戦知った藤山独立宣言したばかりのインドネシア共和国捕虜となり、ジャワ島中部ナウイ刑務所収容されその後ソロ川中流部にあるマゲタンの刑務所へ移送された。1946年昭和21年)、スカルノ命令によりマラン州プジョンの山村移動した。そこには三菱財閥運営していた農園があり、旧大日本帝国海軍将兵一帯を「鞍馬」と名づけ自給自足の生活を送っていた。鞍馬滞在中、藤山休日になると海軍兵士だった森田正四郎とともに各地収容所慰問し回った鞍馬での生活は数か月終わりを告げた太平洋戦争終結直後ら行われていた独立戦争においてインドネシアイギリスとの間に一時的な停戦協定成立し日本人捕虜別の所へ移送した後、帰国させることになったためである。藤山リアウ諸島レンパン島移送された。この島で藤山イギリス軍用務員とされ、イギリス軍兵士慰問をして過ごした1946年7月15日藤山復員輸送艦改装され航空母艦葛城乗って帰国の途についた

※この「南方慰問・捕虜生活」の解説は、「藤山一郎」の解説の一部です。
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