交通事故の法理論を適用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 09:16 UTC 版)
「千日デパートビル火災事件」の記事における「交通事故の法理論を適用」の解説
第一審判決では、被告人3名全員が無罪となったが、遺族やマスコミ、消防関係者の間からは一部を除き「予想外の判決だ」とする意見が多かった。日本のビル火災史上最大の惨事となった本件火災で、ビルの防火保安管理の不備や7階プレイタウン滞在者に対する避難誘導の懈怠、避難器具の保守管理放置などは各被告人の注意義務違反であり、被害の予見可能性はあったと認定されながら、各過失と死傷結果との間に因果関係はなく、不測の事態であるから各被告人がいくら手を尽くしても結果回避ができた証明がない、などとする司法判断は到底納得できるものではなかった。死者118名、負傷者42名にも及ぶ被害を出しながら、誰一人として刑事責任を問われないというのは、遺族や被害者の処罰感情や再発防止の観点からは、判決に非難が集まった。一部では雑居ビルゆえに無罪判決が出されたのでは、とも言われた。 一転して控訴審は各被告人の過失責任を認めて有罪判決を下し、最高裁も原審判決を支持した。3被告人とも管理権原者や防火管理者としてデパートビルや7階プレイタウンに滞在する客や従業員に対して保証人的地位にいる者であり、それらに監督過失を認めた。雑居ビルの安全性保障の見地からビルを所有管理する者に幅広い高度な注意義務を課し、刑事過失責任を追及することを最高裁が認めたことは司法判断として意義が大きく、本件有罪決定が実務に大きな影響を及ぼすとされる。またビル管理者とテナントの間で信義則を適用することでビル側が刑事責任を免れるということは容易に認められないという司法判断でもあった。被告人A(デパート管理課長)について、上司に指示を求める「進言義務」に言及されている点は注目され、上司と部下の間で職務上の指示が無かったことで責任を免れることを塞ぐ判断である。被告人B(プレイタウン管理権原者)について、右被告には同店防火管理者である被告人C(プレイタウン支配人)が右業務を忠実に実施しているかを監督する注意義務に違反した過失があるとした点は、監督過失を高度に判断したものであり、部下が注意義務を履行していると信頼しているだけでは監督過失責任は免れないということを示した。 商業施設や宿泊施設の火災事件では、重大な死傷結果が出た場合に管理権原者や防火管理者が過失責任を追及される判例が増えてきたが、犯罪の構成要件、違法性、責任が具体的に何であるのかがはっきりしないという問題がある。交通機関の事故における責任追及では、運行規則による注意義務を遵守するだけではなく、広汎な注意義務も要求され、さらには信義則を肯定したうえで判決が出されるが、火災事件の場合は法整備が立ち遅れていたことから判例にも乏しく、本件の判決では従来の交通事故の法理論をそのまま適用せざるを得ない側面もあった。 処罰感情や予防的な社会要請に従って被告を処罰することは法理論的には問題だとする考えもある。火災事件の場合、防火管理者などに科す刑事責任は、火災が発生する前の行為に重点が置かれる。本件でいえば夜間店内工事に際して売場の防火区画シャッターを閉鎖する体制を整えなかったこと、保安係員を夜間工事の監視業務に就かせなかったこと、吹き抜け閉鎖用シャッターや救助袋のメンテナンスを怠ったこと、避難訓練や従業員の指導を行わなかったことなどが当てはまる。法的根拠なしに審理すれば、それらの行為が適用される範囲が過去に遡り、どのようにも拡大解釈される恐れがあり、実際の実行行為と法律で保護される権利侵害との関係が曖昧になりかねないとする見方もある。また経営者や防火管理者の保証人的地位や不作為犯の実行行為の構造を明確にしない限り、裁判官の裁量によって有罪にも無罪にもどちらにも判決が揺れる可能性があり、被告人を不安に陥れる点で問題だとされる。
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