事件発生から逮捕までのエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 08:01 UTC 版)
「福田和子」の記事における「事件発生から逮捕までのエピソード」の解説
逮捕までの15年近くの5459日間、日本各地を転々としていた福田だが、潜伏生活の中で最も大胆だったのは石川県能美郡根上町(現・能美市)の和菓子屋の後妻(入籍はしておらず、事実上の内縁関係)の座に納まっていたことである。その店には、家が近所で当時小学生だった松井秀喜も客としてよく菓子を買いに来ており、松井は福田逮捕後のインタビューで「とても綺麗で優しいおばさんという印象だった」と語っている。 金沢市のスナックで働いていた福田は、その店の客だった和菓子屋の主人に見初められて同棲するようになり、店も手伝うようになる。そして息子を愛媛県松山市の実家から連れ出し、甥だと偽ってその和菓子屋に見習いとして住み込みで働かせる。福田は和菓子屋の主人や両親には京都嵯峨野にある旅館の令嬢と名乗り、息子に連絡する際は警察の逆探知捜査を逆手に取り、京都や大阪など関西へ出向き公衆電話から連絡を取り捜査を撹乱した(公開捜査番組等で録音テープに逆探知されたら困る。危ない、危ないという福田の肉声が公開されている)。そのため警察は福田が関西方面に潜伏していると誤認し和菓子屋がある石川県まで逃げているとの認識はなかった。しかも福田は非常によく働き、接客も得意だったことから、店はたちまち評判となり、新しく改装するほどの繁盛店となった。 和菓子屋の主人は福田をたいそう気に入り、正式に結婚を申し込むが、福田は正体がばれるのを恐れて2年以上も結婚を渋った。なかなか籍を入れない福田の態度に不審を抱いた親戚が、福田の甥だという息子の荷物を調べ、その中から運転免許証を偶然発見して確認したところ、福田の生まれ育った愛媛県松山市が書かれていたことに驚いて石川県警察に通報し、警察は福田の逮捕に向かう。しかし当日、近所の葬式の手伝いに出掛けていた福田は警察の行動を素早く察知し、とっさの判断で近くにあった自転車に乗り逃走、これにより逮捕は失敗する。このとき、警察は福田が整形手術を行っていたことを初めて知り、この事実は当時の週刊誌でも取り上げられた。その後は愛知県内でモーテルの客室清掃員などもしていたとの情報もあったが、詳しい足取りは不明なままである。 逮捕後の供述では、近畿地方・中国地方・北陸地方などの料理店などを転々としていたことを表明している。 その後も捜査網を巧みにくぐり抜け逃亡を続けるが、福井市に潜伏していた1997年、市内のおでん屋の店主から提供されたビール瓶とマラカスから採取された指紋が決め手となり、福田は逮捕された。 当時、時効を目前に控えたこの事件は盛んにテレビのワイドショーなどで取り上げられ始めており、福田の肉声も繰り返し放送されていた。福田はこの時、逮捕に繋がる情報を提供した店の常連客であり、店主や他の常連客はテレビでよく耳にする福田和子と声がそっくりな彼女を怪しむようになったのだという。逮捕の現場となったそのおでん屋は、その後も移転して細々営業していたが、2019年3月31日をもって閉店した。 逮捕成功につながった情報の提供者は懸賞金を受け取ったが、その後、慈善団体に寄付している。
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