チェイスンズのチリ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/09 18:40 UTC 版)
チェイスンズのチリは、ヴォードヴィル時代のデイヴ・チェイスンが巡業中に独自に開発したものだという。レシピについては自分だけの秘密にしておくために店では誰もいない日曜日に一人で作っていた。1940年にメニューから削除されたが、それでも根強いファンから頼まれればこころよく提供するという、いわゆる裏メニューとして継続された。この料理には欠かせないチリパウダーは単品の唐辛子粉末だけではなく、ニンニク、クミン、オレガノ、パプリカなどがブレンドされたミックススパイスを指すが、製品化されたのは1890年代にGebhardtが発売したものが最初とされ、アメリカではオーソドックスなチリパウダーとしてシェアを獲得し現在でも残っている。秘密のレシピはその後、様々な新聞で取り上げられ珍しいものではなくなったが、時期によって細部に若干の違いが見られる。個人間では1965年ごろにカレッジ・オブ・サンマテオの教員がサンフランシスコのラジオ局・KSFOのDJを通して入手したという話があった。 まずはインゲンマメの中でも乾燥ピントビーンズ(英語版)(うずら豆)を煮汁を捨てながらよく茹でたものとダイスカットトマト缶やタマネギのみじん切り、たっぷりのバターが入るが、チリパウダーと肉は概ね以下の3とおりに分かれる。 前述1965年ごろのレシピでは、Schillingのチリパウダーに牛チャック(ほぼ肩ロース)の粗びきと豚赤身ひき肉を使用。 厳密な2008年のロサンゼルス・タイムズのレシピによれば、Gebhardtのチリパウダーに脂身をよく取り除いた牛チャック・センターカットと豚肩ロースそれぞれ1センチ前後(1/4インチから1/2インチ)にカットしたものを使用。 近年の2016年の復刻版レシピ集などで見られるのは、指定なしのチリパウダーに牛チャックと豚肩ロースのそれぞれ1センチ前後にカットしたものを使用。 他はチリパウダーにあらかじめブレンドされているクミンや圧搾したニンニク片のスパイスを追加する点などほぼ共通している。チリコンカーンはスペイン語で肉入り唐辛子(ソース)の英語読みであるが、アメリカの著名なフードライター・ロブ・ウォルシュ(英語版)は、これに豆を入れるのは正統派のテキサス人にとっては邪道であり、麻婆豆腐をも巻き込んで長い論争の的にもなっていると述べている。前述のGebhardtの考案者はテキサス州ニューブローンフェルズのドイツ系移民であるが、ウォルシュは当時そのままなのがテキサススタイルなのだといい、“大戦中”の肉の配給制に対応するのに豆入りが派生したのだと主張している。実際にはアメリカ政府の公的な記録で肉の配給制の実施は第二次大戦中の1942年5月が最初とされており、デイヴ・チェイスンのヴォードヴィル時代やチェイスンズが開店した1930年代よりも後のことになる。各方面ではアメリカ南西部からカリフォルニア州を独立したものとして除外する向きがあるが、チリに限っては各地域の具材で発展したものもあれば、コンテストや名店の秘伝のレシピとして創作され高い支持を得て定着したものあり、テキサス州から東側はこの豆論争で同州の立場にたつ傾向があるののの、商業的な拘りは肉の種類のほうにある。 チェイスンズのチリの味の秘訣については、前述のクロリス・リーチマンが自伝でエリザベス・テイラーとのやり取りの中で触れている。リーチマンは大人数で食べる自家製のチリを作るのを得意としていたが、ある時うっかりして少し焦がしてしまった。そこで四つ割にしたジャガイモに焦げを吸着させ取り除いてみたところ、変った味のものが出来上がったので大切な客人たちに振る舞ってみると好評だった。この独特の風味や食感をもとに豆を3通りの不均等な方法で調理し、肉なしでも肉が入っているかのように工夫したものを完成させた。数年後にこれを自宅のディナーに誘ったテイラーに振る舞うと、リーチマンの考案を疑ってチェイスンズから出前を取ったに違いないと言われた。実際にテイラーはチェイスンズから出前を取ってディナーを開くことがあったと彼女の伝記に書かれている。チリのコンテストでは名店のオーナーシェフが豆なしのチリの隠し味としてココア、つまり香ばしいロースト豆を入れたことを2016年に公表している例もある。
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