ボードビル【(フランス)vaudeville】
ヴォードヴィル
ヴォードヴィル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 05:05 UTC 版)
「バスター・キートン」の記事における「ヴォードヴィル」の解説
カンザス州ピクア(英語版)にて、父ジョー、母マイラとの間にジョセフ・フランク・キートン(Joseph Frank Keaton)として生まれた。 両親とも舞台芸人で、キートンも1899年にまだ4歳の頃、親子による「キートン3人組 (The Three Keatons) 」として初舞台に立ち、各地でヴォードヴィルの巡業を続けた。父が、小さい彼の身体を逆さに持ち上げてぶんぶん振り回す「人間モップ」という、荒っぽいギャグを売り物とし、泣き顔一つせず演じていた事は有名な話である。後に弟ハリー(愛称はジングルズ)と妹ルイーズを加えた5人組としても人気を博したが、後にまたバスターと両親の3人組に戻っている。イギリスなどでの海外巡業も経験した。キートンが映画界に進出する直前まで活動が続き、その時点で解散している。 芸名の由来についてはこの家族舞台時代、突風に飛ばされたにも係わらず(自伝でキートンは「階段から転落説」を語っている)、全く泣かなかったのを見た、高名な手品師のハリー・フーディーニに「My,What a Buster!(おやおや、なんて頑丈なんだ!)」と言われた処から、すぐそばにいた父によって「バスター・キートン」の名が誕生したといわれる。 ジョーは映画という媒体を評価していなかったとされているが、14本の映画に出演し、家族で共演する作品もいくつか存在する。『デブ君の勇士』 (A Country Hero) では息子との初共演を果たしているが、フィルムは現存していない(理由は後述)。マイラ、ハリー、ルイーズにも映画出演経歴があり、家族全員が勢揃いした作品こそ存在しないが、『キートンの西部相撲』 (Palooka from Paducah) や『列車の愛の巣』 (Love Nest on Wheels) などで共演が確認できる。
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