ダイビングクイズ
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『ダイビングクイズ』(Diving Quiz)は、1964年4月8日から1974年3月31日までNETテレビ(現:テレビ朝日)系列局で放送された毎日放送制作のクイズ番組である。
- ^ 当時は「犬マーク」ブランドで知られた。現在でも魔法瓶そのものは製造しているが、犬マークのブランドは廃止されている。本社は大阪府羽曳野市。
- ^ 金子俊彦『放送の世界に生きて』風詠社より。若井はんじ・けんじ司会中期時代の写真を参照。
- ^ 『北國新聞』1968年5月7日付朝刊テレビ欄より。
- ^ 『北國新聞』1970年2月14日付朝刊テレビ欄より。
- ^ 『読売新聞 縮刷版』読売新聞社、1979年2月20日テレビ欄。
- ^ “「探シタラTV」ベストメンバーが23時台SPで大奮闘、設楽「隅々まで楽しかった」”. お笑いナタリー. ナターシャ. (2020年9月25日) 2020年9月28日閲覧。[リンク切れ]
- ^ シャドウバースのCMでゴールデンボンバーが雪だるま新春シャドバ対決!なかよくバトろう。スマホカードバトルゲーム~|TVRider
- ^ (はんじ)「貴方が勝つか!」(けんじ)「私が勝つか!」(はんじ)「グロリア魔法瓶提供」(2人)「ダイビングクイズ!!」(はんじ)「今日も元気で、まいりましょ〜!!」。複数社提供時代は、提供部分の口上はカット。
- ^ 『クイズタイムショック』500回記念大会(1978年8月放送)に出場した際の、松尾本人のコメントから。
ダイビングクイズ
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「とんねるずのみなさんのおかげですのコーナー一覧」の記事における「ダイビングクイズ」の解説
1964年 - 1974年にMBS制作・NET(現・テレビ朝日)系列で放送された、同名クイズ番組のパロディ。 2組の出場者がすべり台の頂点に座り、クイズに答える。クイズ選択パネルは「み」・「な」・「さ」・「ん」、「10」・「20」・「30」と計12個に割られており、出場者はこのうち1つを選択する(最初は「10」のパネルを選択しなければいけない暗黙のルールがあったが、ある回で出場者がそれ以外のパネルを指定した為にとんねるずから注意を受けるシーンがあった)。クイズに答えて正解すると対戦相手の、不正解なら自分の台が傾く(本家版の末期ルールに近い)。傾斜は点数によって異なり、10ならば1段階、20ならば2段階、30ならば3段階傾く。「GOODLUCK」パネルが出た場合は、その時出題される問題に正解すると傾いていたすべり台が元に戻る。 「ツッパリダイビングクイズ」の回に出場したヤンキーの松葉さんは1問目を間違えて早くもすべり台から落ちそうになってしまうが、とっさの機転で体をすべり台と垂直にして足を突っ張る事で落ちるのを防ぐという秘技を開発。見た目にもとてつもない角度になっても耐えていた。この技にとんねるずを含めた観客は熱狂し、それを見た松葉さんの対戦相手も同様の技を使用していた。以来、その技は体操の新技開発によく見られるように、開発者の名にちなみとんねるずから「松葉」と命名され、その後の回に出演した出場者もこの技を多用するようになる。その為、シリーズ後半にはセットに「松葉禁止 by美術スタッフ」と書かれた横断幕が掲げられるようになった。 コーナー末期はスタジオではなく、としまえんのプールでの収録が行われた。 第3シーズンには1995年に行われた新人ディレクターサバイバルシリーズで、当時番組ディレクターだった時宗大の考案した企画として、さらに「おかげでした」でもそれぞれ復活した。
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