グラン・カフェでの上映会
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「シネマトグラフ」の記事における「グラン・カフェでの上映会」の解説
学術研究者や専門家向けの集会で上映を重ねたリュミエールは、1895年末までにシネマトグラフの商業上映に向けて準備を進めた。上映会場は、アントワーヌから依頼を受けた写真家のクレマン・モーリス(フランス語版)の手配により、パリ中心部のキャピュシーヌ大通り(フランス語版)14番地にあるグラン・カフェの地階の「サロン・アンディアン(インドの間)」を借りることにした。サロン・アンディアンは広さが100平方メートルほどの東洋風の装飾が施された部屋で、大通りから直接入れる入口があった。元々はビリヤード場として使用されていたが、一部のプロの球戯者がその腕で素人相手に荒稼ぎするという行為が問題になり、警察がカフェでのビリヤードを禁止したため、それ以後は空き部屋となっていた。 モーリスは会場の賃貸についてグラン・カフェの所有者ヴォルピニと交渉し、収益の2割を支払うことを申し出たが、シネマトグラフの成功に不安を抱いたヴォルピニは「今さら幻灯など、猫も見ませんよ」とモーリスに言い、1日30フランの賃貸料を支払うことを要求した。こうした事情もあり、入場料は他の観劇よりもやや割高の1フランと定められた。商業上映を始める時期については、年末になるとパリの大通りに露店や見世物小屋が並び、多くの人々で賑わうことから、それに合わせてクリスマスから元日までの間に設定した。 シネマトグラフの商業上映の初日は、1895年12月28日土曜日の午後である。上映を仕切ったのはアントワーヌとモーリスで、シネマトグラフの操作はモワソンが担当し、徒弟のジャック・デュコムとフランシス・ドゥブリエ(フランス語版)が補佐した。リュミエール兄弟は興行の手配をすべて父親に委ね、当日はリヨンに留まっていたため、上映に立ち会ってはいなかった。初日の出席者は招待された学術担当記者や劇場支配人などで、その中にはロベール=ウーダン劇場支配人のジョルジュ・メリエスもいた。メリエスは初日の上映の様子について以下のように述べている。 .mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}私や招かれたほかの人たちの眼前に小さなスクリーンが広げられ、まもなくリヨンのベルクール広場を撮った<動かない>写真が投影された。すこし呆れて私は隣の人に呟きかける。「こんな投影を見せるために、私たちに足を運ばせたのか。これなら十年以上もまえから自分で見せている」こうした囁きを終わらないうちに、一台の馬車が私たちの方へ前進し、そのあとにほかの車や通行人、一言で表わせば、街路で動くあらゆるものが続いた。この光景を眺めて私たちはみな口を開けて茫然となり、極度なまでに仰天した。(中略)上映が終わる頃には、熱狂状態となった。そして、いかにしてこのような成果に達したか、とだれもが不思議に思った。 上映終了後、メリエスは直ちにシネマトグラフを1万フランで買い取ることをアントワーヌに申し出た。同じく招待されていたグレヴァン博物館(フランス語版)の館長も2万フラン、フォリー・ベルジェールの支配人は5万フランで購入を申し出た。しかし、アントワーヌは、シネマトグラフが大きな秘密であり、それを売る気はなく、自分で興行するつもりだと言って拒否し、メリエスに「しばらくは珍奇な科学的見世物として開発されるでしょう。そうした期間を過ぎれば、これに商業的な未来などないのです」と述べた。これはリュミエール父子がシネマトグラフをひとつの科学的課題と見なし、それに大きな期待を寄せていなかったことを意味する発言として解釈されている。その後、メリエスは別の映画装置を入手して映画製作を始め、1900年代にかけてトリック撮影を用いた作品などで人気を博した。 初日の収入はわずか33フラン(35フランの説もある)で、サロン・アンディアンの賃貸料を支払えるほどしかなく、成功したとは到底いえなかった。しかし、翌日から人気が出始め、やがて1日の収入は2000フランから2500フランにまで増え、最高では1日に5000フランの収入を得た。モーリスによると、入口で警官が整理する必要があるほど観客が殺到し、時には300メートルもの行列ができたという。こうした需要の増加により、グラン・カフェでの上映は毎日20回以上行われた。各回の興行時間はフィルムの装填や観客の入れ替えを含めて30分程度で、10本程度の作品でプログラムが組まれ、適宜作品は組替えられた。
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