アワド太守とは? わかりやすく解説

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アワド太守

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/09 17:14 UTC 版)

アワド太守(アワドたいしゅ、ヒンディー語: अवध के नवाब, ペルシア語: حکومت اود‎, 英語: Nawab of Awadh/Oudh)とは、ムガル帝国の北インドアワド地方(現在のガンジス川中流域、現ウッタル・プラデーシュ州東部を指す)の地方長官、つまり太守(ナワーブ)のことである。1801年以降はアワド藩王国となる。首府はファイザーバードラクナウ


  1. ^ a b Oudh 3
  2. ^ チャンドラ『近代インドの歴史』、p。18
  3. ^ チャンドラ『近代インドの歴史』、p.19
  4. ^ a b ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.256
  5. ^ Oudh 5
  6. ^ a b Oudh 6
  7. ^ チャンドラ『近代インドの歴史』、p.33
  8. ^ ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.273
  9. ^ a b チャンドラ『近代インドの歴史』、p.68
  10. ^ a b 小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.278
  11. ^ a b c d e チャンドラ『近代インドの歴史』、p.74
  12. ^ Oudh 9
  13. ^ a b c d e f g メトカーフ『ケンブリッジ版世界各国史 インドの歴史』、p.109
  14. ^ Oudh 10
  15. ^ ムガル帝国の土地所有者単位のひとつ。アワドでは、ザミーンダールなどの領主は一括してタールクダールとして扱われた。
  16. ^ a b 辛島『新版 世界各国史7 南アジア史』、p.291
  17. ^ a b Oudh 15
  18. ^ ガードナー『イギリス東インド会社』、pp.325-326
  19. ^ a b c d e f g h チャンドラ『近代インドの歴史』、p.141
  20. ^ メトカーフ『ケンブリッジ版世界各国史 インドの歴史』、p.174


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