クワ 利用

クワ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/17 13:33 UTC 版)

利用

カイコがクワの葉を食べて絹糸を作るので、養蚕などのため栽培され、挿し木で繁殖される[6]。強い繊維質を持つことから、製紙の原料にもなっている[3]。クワの果実はヤマグワやマルベリーなど、どの種類も食用に利用できる[2]

薬用では、マグワ(漢名:桑)、ヤマグワ(漢名:鶏桑)が使われる[4]。根皮はソウハクヒ(桑白皮)とも呼ばれ成分本質 (原材料) が専ら医薬品に指定されている。葉・花・実(集合果)は「非医」扱い。有効成分として、葉にはペクチン、干した葉には蛋白質フラクトースグルコース、ペントザン、ガラクトンや、マンガンなどのミネラル類、葉緑素などが含まれている[1]。果実には、転化糖リンゴ酸コハク酸、色素のシアニジンアントシアニンの1種)、ビタミンAB1C、イソクエルシトリンなどを含む[1]。また漢方で利用される根皮には、アデニンベタインアミリンシトステロールなどを含んでいる[1]

生薬

クワの根皮は桑白皮(そうはくひ)、葉は桑葉(そうよう)、枝は桑枝(そうし)、果実は(たん)または桑椹(そうじん)、もしくは桑椹子(そうしんし)という生薬である[1][4][6]。桑白皮は、秋から冬にかけて[注釈 1]根を掘り採って水洗いし、外皮を剥いで白い部分だけを刻み、天日干しをして調整される[4][6]。葉は晩秋の霜が降った後に、枝は初夏に採集して天日乾燥させ調製する[4]。果実と葉は乾燥させて調製されるが、生も用いられる[6]

利尿鎮咳去痰、消炎、強壮などの作用があり[6]漢方では桑白皮を鎮咳、去痰に配剤され[6]五虎湯(ごことう)、清肺湯(せいはいとう)などの漢方方剤に使われる。民間では、根皮は喘息むくみ高血圧予防目的や強壮[4][6]。葉は咳、めまい、ふらつき、頭痛、病後の体力回復、滋養強壮、低血圧の補血[1][4]。枝は関節痛、むくみ[4]。果実は倦怠疲労不眠、かすみ目、便秘に用いられる[4]民間療法では、それぞれ1日量5 - 20グラムを600 ccの水で煎じて3回に分けて服用する用法が知られる[1][4]。煎汁の服用法では、ほてりや熱があるときなどに用いられるが、胃腸が冷えやすい人へは使用禁忌とされている[4]

多少未熟で紅紫色の果実を桑椹(そうじん)といって、35度の焼酎1リットルに桑椹300グラムを漬け込んで、冷暗所に3か月ほど保存して桑椹酒を作り、低血圧、冷え症、不眠症などの滋養目的に、就寝前に盃1 - 2杯ほど飲まれる[1]。同様に、果実と根皮を35度の焼酎に漬けたものが、1日に盃1杯ほど飲まれる[6]

民間では、乾燥葉をの代用品とする、いわゆる「桑茶」が飲まれていた地域もあり、中風の予防にする[6]。桑茶にするクワの葉は、大きく生長した葉を収穫して天日で乾燥し、揉み潰して堅い部分を除いてすり鉢などで細かくすり潰したものを、抹茶のように湯を注いで飲む[5]。効能として、便秘改善、肝機能強化、脂肪の抑制、糖尿病予防などの研究報告もされている[5][16][17]

桑葉には1-デオキシノジリマイシン(1-deoxynojirimycin; DNJ)が含まれていることが近年の研究で明らかになった。DNJ はブドウ糖の類似物質(アザ糖類の一種、イミノ糖)であり、小腸において糖分解酵素α-グルコシダーゼに結合することでその活性を阻害する。その結果、スクロースマルトースの分解効率が低下し、血糖値の上昇が抑制される[18]などの効果がラットを対象にした動物実験で報告されている[19]。クワを食餌とするのフンを乾燥させたもの(漢方薬である蚕砂)も同様の効果がある[20]

食用

春に枝先の開いたばかりの若芽や、まだ緑色が濃くならないうちの若葉は、軟らかいうちに摘み取って食べられる[2]。摘んだ若葉は生で天ぷら掻き揚げにしたり、さっと茹でて水にさらし、おひたし和え物、汁の実、塩味をつけて炊いた米飯に混ぜたクワ飯などにして食べられる[2][5]。食味は淡泊で美味と評されている[5]。乾燥してお茶代わりに飲むクワ茶にもできる[2]

キイチゴの実を細長くしたような姿で、赤黒く熟した果実は、「桑の実」「どどめ」「マルベリー (Mulberry)」「クワグミ」とよばれ、生のまま食用にしたり、桑酒として果実酒の原料、シロップ漬け、ジュースの材料となる[21][2]。赤黒く熟した果実は、ジャムにすると芳香と甘みに優れている[5]カフカス地方やアルメニア産のクロミノクワや、アメリカ産のアカミノクワは、いずれも生食用にしたり加工してジャムなどに利用する[3]

その果実は甘酸っぱく、美味であり、高い抗酸化作用で知られる色素・アントシアニンをはじめとする、ポリフェノールを多く含有する[2]。蛾の幼虫が好み、その体毛が抜け落ちて付着するので食する際には十分な水洗いを行う必要がある。また、非常食として桑の実を乾燥させた粉末を食べたり、水に晒した成熟前の実をご飯に炊き込むことも行われてきた。なお、クワの果実は、キイチゴのような粒の集まった形を表す語としても用いられる。発生学では動物の初期胚に桑実胚藻類にクワノミモ(パンドリナ)などの例がある。

養蚕とクワ

地図記号「桑畑」

養蚕の歴史は古く、中国では紀元前3000年ごろ、日本では弥生時代中期から始められたと考えられている。

桑を栽培する桑畑は地図記号にもなり[22]、日本中で良く見られる風景であった。養蚕業が最盛期であった昭和初期には、桑畑の面積は全国の畑地面積の4分の1に当たる71万ヘクタールに達したという[23]。しかし、生産者の高齢化、後継者難により生糸産業が衰退した。そのため、桑畑も減少し、平成25年の2万5千分の1地形図図式において桑畑の地図記号は廃止となった。新版地形図やWeb地図の地理院地図では、同時に廃止された「その他の樹木畑」[24]と同様、の地図記号[25]で表現されている。

木材としてのクワ

小笠原諸島母島のロース記念館に陳列された、オガサワラグワ製の細工

クワの木質はかなり硬く、磨くと深い黄色を呈して美しいので、しばしば工芸用に使われる。しかし、銘木として使われる良材は極めて少ない。特に良材とされるのが、伊豆諸島の御蔵島三宅島で産出される「島桑」であり、緻密な年輪と美しい木目と粘りのあることで知られる[9]。江戸時代から江戸指物に重用され[9]、老人に贈るの素材として用いられた。国産材の中では最高級材に属する。小笠原諸島母島には、島の固有種であるオガサワラグワの大木が点在していた。だが銘木として乱伐され、現在ではほとんど失われている。

また古くから弦楽器の材料として珍重された。正倉院にはクワ製の楽琵琶阮咸が保存されており[9]、薩摩琵琶や筑前琵琶もクワ製のものが良いとされる。三味線もクワで作られることがあり、特に小唄では音色が柔らかいとして愛用されたが、広い会場には向かないとされる。

なお、幕末には桑の樹皮より綿を作る製法を江戸幕府に届け出たものがおり、1861年(文久元年)には幕府からこれを奨励する命令が出されているが、普及しなかったようである。桑の樹皮から繊維(スフ)を得る取り組みは、第二次世界大戦による民需物資の欠乏が顕著となり始める1942年(昭和17年)ごろより戦時体制の一環として行われるようになり、学童疎開中の者も含め全国各地の児童を動員しての桑の皮集めが行われた。最初民需被服のみであった桑の皮製衣服の普及は、最終的に1945年(昭和20年)ごろには日本兵軍服にまで及んだが、肌触りに難があったことから終戦とともにその利用は廃れた。

製紙原料

現在の中国新疆ウイグル自治区にあるホータン周辺の地域では、ウイグル人の手工業によって現在も桑の皮を原料とした紙(桑皮紙)の製造が行われている[26]。伝承では、蔡倫よりも古く、2000年以上の製紙歴史があると言われているが[27]、すでに宋の時代(12世紀ごろ)、和田の桑皮紙は西遼の公文書などで使用されていた。新疆では、清及び民国期の近代に至るまで、紙幣や公文書、契約書などの重要書類に桑皮紙が広く使用されていた[28]

中国の元王朝では、紙幣である交鈔の素材としてクワの樹皮が用いられた[29]。中国広西チワン族自治区来賓市などでは、養蚕に使うために切り落とすクワの枝を回収して、製紙原料にすることが実用化されている。新たに年産20万トンの工場建設も予定されている[30]


注釈

  1. ^ 6 - 7月ごろの説もある[6]
  2. ^ 和泉名所図会』に記された大阪府和泉市桑原の西福寺や、『蕉斎筆記』に記された兵庫県三田市の欣勝寺などに関する民話など。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 田中孝治 1995, p. 143.
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 金田初代 2010, p. 56.
  3. ^ a b c d e f g h i j k 辻井達一 1995, p. 144.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m 貝津好孝 1995, p. 212.
  5. ^ a b c d e f g h i j k 川原勝征 2015, p. 42.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 馬場篤 1996, p. 52.
  7. ^ a b 金田初代 2010, p. 57.
  8. ^ Tsutsui O., Sakamoto R., Obayashi M., Yamakawa S., Handa T., Nishio-Hamane D., Matsuda I (2016). “Light and SEM observation of opal phytoliths in the mulberry leaf”. Flora 218: 44-50. doi:10.1016/j.flora.2015.11.006. 
  9. ^ a b c d e f g h i 田中潔 2011, p. 49.
  10. ^ a b 辻井達一 1995, p. 145.
  11. ^ 辻井達一 1995, p. 146.
  12. ^ a b c d e f g h i 高橋秀男監修 2003, p. 174.
  13. ^ a b c d e f 辻井達一 1995, p. 143.
  14. ^ a b c d e 平野隆久監修 永岡書店編 1997, p. 63.
  15. ^ 辻井達一 1995, pp. 144, 146.
  16. ^ 木村俊之「αグルコシダーゼ阻害作用を有する桑葉の糖尿病予防食素材への可能性」『日本食品科学工学会誌』第57巻第2号、日本食品科学工学会、2010年2月、57-62頁、doi:10.3136/nskkk.57.57ISSN 1341027XNAID 10026294379 
  17. ^ 小野寺敏, 八並一寿, 福田栄一「桑葉エキス入りプロポリス (桑ポリスTM) の肥満・糖尿病予防効果」『日本未病システム学会雑誌』第8巻第1号、日本未病システム学会、2002年、33-38頁、doi:10.11288/mibyou1998.8.33ISSN 1347-5541NAID 130004186091 
  18. ^ 陳福君, 中島登, 木村郁子, 木村正康「桑葉及び桑白皮エキスによるストレプトゾトシン糖尿病マウスの血糖下降効果と作用機序」『藥學雜誌』第115巻第6号、日本薬学会、1995年6月、476-482頁、doi:10.1248/yakushi1947.115.6_476ISSN 00316903NAID 110003648965 
  19. ^ 飯塚幸澄, 櫻井栄一, 田中頼久「自然発症糖尿病ラット(GKラット)に対する桑葉の抗糖尿病作用」『藥學雜誌』第121巻第5号、日本薬学会、2001年5月、365-369頁、doi:10.1248/yakushi.121.365ISSN 00316903NAID 110003648525 
  20. ^ 吉川雅之「薬用食物の糖尿病予防成分 医食同源の観点から:医食同源の観点から」『化学と生物』第40巻第3号、日本農芸化学会、2002年、172-178頁、doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.40.172ISSN 0453-073XNAID 130003634293 
  21. ^ 篠原準八 2008, p. 19.
  22. ^ 国土地理院ホームページ 地図記号 桑畑 平成30年4月14日閲覧
  23. ^ Yahooニュース 世界遺産登録前に振り返る、製糸産業が変えた日本の植生と景観 田中淳夫 平成30年4月14日閲覧
  24. ^ 国土地理院ホームページ 地図記号 その他の樹木畑 平成30年4月14日閲覧
  25. ^ 国土地理院ホームページ 地図記号 畑 平成30年4月14日閲覧
  26. ^ 長瀬香織「桑皮紙 (そうひし) 新疆ウイグル自治区(和田)ホータン」
  27. ^ 劉、張、劉『新疆概覧 シルクロードの十字路』、430-433頁
  28. ^ 新疆桑皮紙製作工藝及傳承意義
  29. ^ 植村峻 『お札の文化史』 NTT出版、1994年。p.10-11
  30. ^ 年产20万吨桑杆造纸项目拟落户来宾” (中国語). 新华网. 2011年12月30日閲覧。
  31. ^ 全県に霜害、桑畑三万町歩に被害『信濃毎日新聞』昭和2年5月13日夕刊(『昭和ニュース事典第1巻 昭和元年-昭和3年』本編p539 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  32. ^ 石田栄一郎「桑原考」
  33. ^ 足田輝一『植物ことわざ事典』(東京堂出版、1995年)ISBN 4-490-10394-8
  34. ^ a b 今日の四字熟語No.1183 【桑中之喜】 そうちゅうのき八重樫一、福島みんなのニュース
  35. ^ 桑中喜語永井荷風、青空文庫





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