西福寺 (和泉市)
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西福寺 | |
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俊乗堂 (2019年11月)
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所在地 | 大阪府和泉市桑原町152 |
位置 | 北緯34度28分54.6秒 東経135度25分56.1秒 / 北緯34.481833度 東経135.432250度座標: 北緯34度28分54.6秒 東経135度25分56.1秒 / 北緯34.481833度 東経135.432250度 |
山号 | 無量山 |
宗派 | 高野山真言宗 |
本尊 | 十一面観音菩薩 |
中興 | 重源 |
札所等 | 和泉霊場第41番 阪和西国三十三ヶ所観音霊場第9番 |
公式サイト | 無量山 西福寺|大阪府和泉市 雷と耳の寺 |
法人番号 | 5120105006677 |
西福寺(さいふくじ)は、大阪府和泉市にある高野山真言宗の寺院。境内にある井戸は「雷井戸」と呼ばれ、雷除けの伝説で知られる。
概要
雷除けの故事から電力会社などの電気関係者の雷除け祈願や、本尊である十一面観音の功徳により耳の加持・祈祷が行われる。また、雷は天神と縁があることから、合格祈願(受験に落ちない祈願)も行っている。
東大寺再建に尽力した俊乗房(しゅんじょうぼう)重源がこの地で生まれたという伝説があり、境内には重源の墓石もある[1]。
歴史
1360年以上前、かつてこの桑原の地にあった仏性寺(西福寺の前身)において、沙弥道行という僧侶が、度々起こる落雷による被害を無くすために、大般若経を写経し、熱心に落雷防止を祈願したという記述が残っている。
三重県の常楽寺に現存する重要文化財『大般若経』「天平宝字2年(765年)」にその記述があることから、この地が雷封じの所縁の場所であることが窺える。
雷伝説
重源がこの地で雨乞いの儀式をしていると、にわかに黒い雷雲が空を覆い、夕立となった。境内の井戸に雷が落ちたので、そこで洗濯をしていた老女が蓋をして雷を閉じ込めた。許しを請う雷に「ここは桑原という土地だ。今後この地に落ちないと誓うなら出してやろう。」といったところ、雷がそれを誓ったので逃がしてやった。
以後、この地には雷が落ちないという。雷鳴が鳴ると「クワバラ、クワバラ」というのは、それに由来する[2]。
行事
- 1月1日 - 3日 合格祈願法要
- 2月3日 節分会(護摩祈祷)
- 3月3日 耳の日:耳病平癒・聡耳の祈願法要
- 4月18日 重源忌(花供養)
- 8月12日 - 14日 盂蘭盆会法要
- 8月15日 施餓鬼供養
交通
- JR阪和線 和泉府中駅から徒歩15分。
脚注
- ^ “西福寺雷井戸|和泉市おでかけナビ”. 和泉市いずみの国観光おもてなし処. 2025年5月31日閲覧。
- ^ “西福寺|和泉市の文化財”. 和泉市文化財活性化推進実行委員会. 2020年10月14日閲覧。
参考文献
- 井上正雄 編『大阪府全志』 巻之五、大阪府全志発行所、1922年、582頁。NDLJP:965802。
- 和泉市史編纂委員会 編『和泉市史』 1巻(復刻)、大阪府和泉市役所、1980年。
- 和泉市史編纂委員会 編『和泉市史』 2巻(復刻)、大阪府和泉市役所、1980年。
- 和泉市PTA協議会文化委員会 編『市内の伝承文化』和泉市PTA協議会文化委員会〈和泉市PTA文庫 第1集〉、1980年3月、36-40頁。NDLJP:9574725。
- 和泉市PTA協議会文化委員会 編『市内の古寺』和泉市教育委員会事務局〈和泉市PTA文庫 第3集〉、1981年3月、96-97頁。NDLJP:9576683。
- 和泉市広報誌
- 『広報いずみ(2014年03月号)』 663巻(特集 - 和泉の伝説 雷井戸 -) 。2025年5月31日閲覧。
外部リンク
- 無量山 西福寺|大阪和泉市 雷と耳の寺 - ウェイバックマシン(2023年5月19日アーカイブ分)
- 西福寺 | OSAKA-INFO
- 西福寺_(和泉市)のページへのリンク