Zマシンの物理学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 08:30 UTC 版)
前述のようにZマシンはZピンチと呼ばれる比較的良く知られた物理現象を用いている。Zマシンの大部分はZピンチを発生させるための、ごく短い時間幅の大電力パルスを発生させるための装置群である。 Zピンチについて簡単に説明する。空間中に十分長い2本の導体線を平行に置き、これらに同じ方向の電流を通電すると、お互いが発生する磁場と電流の相互作用によって2本の導体線を近づける方向にローレンツ力が発生する。 今度は空間中に仮想的な円柱を考え(通常その中心軸をZ軸に一致させる)、中心軸に平行に円柱の側面上に等間隔で多数の導体線を置き、2つの底辺に円盤状の導体を電極として置き、これらを電気的に接続する(鳥かごのような構造を想像してもらいたい)。このような構造物はZピンチを利用する分野ではワイヤーアレイと呼ばれていて、実際に非常によく利用されている(Zマシンもこのワイヤーアレイを使用している)。 ワイヤーアレイの底面を構成する2つの電極に通電すれば、各導体線には隣接する導体線との距離を縮める方向にローレンツ力が発生する。各導体線を均等に電流が流れるのであれば、各導体線にかかるローレンツ力の合力は、円柱の中心軸に向かう同じ大きさ力となる。つまりZ軸の方向にワイヤーアレイ全体を絞るような力が発生するわけであり、このためこの現象はZピンチと呼ばれている。 導体線ではなく円柱の側面全体を薄い導体(ホイル)とした導体円筒を用いてもZピンチを発生することができる。後述する Saturn を用いて行われていた爆縮ホイル実験とはこのような導体円筒を用いたものである可能性があるが詳細は不明である。導体円筒の場合には円筒の高さ方向だけでなく円周方向にも電流が流れることができるため、ホイルに加わる力は不安定になり、中心軸に正確に向かなくなるため、結局うまくいかなかったものと想像される。その状況証拠として、Saturn が成功し始めたのは、後述するようにロシア側の情報に基づいてワイヤーアレイを採用した後であり、Zマシンは Saturn を踏襲して最初からワイヤーアレイを使用している。 現在 Zマシンで使用されている代表的なワイヤーアレイは、ヒトの髪の毛程度の太さのタングステン製またはスチール製ワイヤーを数十から数百本、直径数cm、高さ数十cm程度の円柱状に配置したものである 。ワイヤーアレイを真空中に置き、Zマシンの高エネルギー電力パルスにより瞬間的に大電流を通電すれば、ワイヤーアレイは通電した瞬間にプラズマ化し、各ワイヤーの残骸である線状のプラズマは、Zピンチにより中心軸方向の強い加速を受けて高速度 (ロサンゼルスからニューヨークまでの約3000マイルを1秒弱で飛ぶ速度と形容される。つまり約 5000km/s ということになる)で中心軸付近で衝突し、合体してスタグネーション(stagnation : 停留部)と呼ばれる鉛筆の芯ほどの太さの1本の線状プラズマになる。 このスタグネーションが衝突によるエネルギーで超高温となり、強力なX線を放射する。現在、Zマシンが放射するX線のピーク出力は350テラワット、全エネルギーは2.7メガジュール、ワイヤーアレイに通電されるピーク電流は26メガアンペアに達している。また、スタグネーションの温度は、2006年には20億ケルビン(20億°C)を超えている。 Zマシンは慣性閉じ込め方式核融合実験装置であり、Zピンチで発生したX線で、まず、ホーラム(英語版) (hohlraum : ドイツ語で「空洞」の意) と呼ばれる小さな中空の円柱状コンテナを急激に加熱、膨張させ、それによって中に置かれた核融合燃料(重水素単独または重水素と三重水素)を密封した小さなペレットを圧縮する。このような方法を取るのは、核燃料の重水素と三重水素は原子番号が小さくX線を効率的に吸収しないからである(ZピンチによるX線は比較的エネルギーが低いので、物質による吸収は主に光電効果によるものとなる)。ホーラムの材料にはX線を効率的に吸収する原子番号の大きい物質が使われる。X線の発生方法によって、ペレットの爆縮方法には直接法と間接法がある。 直接法では、ペレットをホーラムに入れて、ワイヤーアレイの中心に置き、高速度の線状プラズマでホーラムに直接打撃を与え、その際に放出されるX線でホーラムを加熱、膨張させ、その圧力でペレットを爆縮する。従って本来の意味でのスタグネーションは発生しないことになる。 間接法ではスタグネーションを発生させて、そのX線で同様にホーラムを加熱、膨張させ、その圧力でペレットを爆縮する。このときペレットとホーラムはどの位置に置かれているかは公開資料からははっきりしないが、ワイヤーアレイの下に、ワイヤーアレイの中心軸とホーラムの中心軸を一致させた形で置くか、あるいはこの下にさらに同じ中心軸を持つワイヤーアレイを置いてホーラムを2つのワイヤーアレイでサンドイッチにする(ダブルエンド型)ことを示唆するイラストがある。 これらの方法による加熱で、ホーラムの温度は1.8メガケルビン (180万度)に達している。
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