SACの欠陥とがん
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/26 08:02 UTC 版)
「紡錘体チェックポイント」の記事における「SACの欠陥とがん」の解説
SACが適切に機能しない場合、染色体の誤分離や異数性、さらには腫瘍形成が生じる可能性がある。形質転換はゲノムの完全性の維持が崩壊した時、特に染色体全体またはその大部分の領域で崩壊した時に生じ、加速される。事実、異数性はヒトの固形腫瘍の最も一般的な特徴であり、そのためSACは抗がん治療の標的となると考えられている。通常、細胞周期のさまざまなチェックポイントは、高度に保存された冗長な機構を介してゲノムの完全性を管理しており、細胞の恒常性の維持や腫瘍形成の防止に重要な役割を果たしている。いくつかのSACタンパク質は、各細胞周期における適切な染色体分離を保証するために正と負の両方の調節因子として機能し、ゲノム不安定性(英語版)とも呼ばれる染色体の不安定性を防いでいる。 ゲノムの完全性は現在いくつかのレベルで評価が行われており、一部の腫瘍では塩基置換、挿入、欠失などの不安定性がみられる一方、大部分の腫瘍では染色体全体の増加または喪失がみられる。 有糸分裂調節タンパク質の変化が異数性を引き起こし、これががんでは高頻度で起こるという事実から、当初はこれらの遺伝子ががん組織で変異している可能性があると考えられていた。 一部のがんでは、形質転換を引き起こす欠陥の原因となる遺伝子はよく特徴づけられている。多発性骨髄腫などの血液のがんでは、イムノグロブリン遺伝子の再編成にDNA切断が必要であるという特有の性質のために、細胞遺伝学的な異常はきわめて一般的である。一方、多発性骨髄腫ではMAD2などの主にSACで機能するタンパク質の欠陥も特徴づけられている。 また、大部分の固形腫瘍は主に異数体となっている。大腸がんに関しては、BUB1とBUBR1、そしてSTK15の増幅が、がんに至るゲノム不安定性への関与が示唆されている主要な調節因子である。乳がんでは、BRCA1遺伝子によって特徴づけられる遺伝性のがんは散発性がんよりも高いレベルのゲノム不安定性を示す。BRCA1ヌル変異マウスは、重要なSACタンパク質であるMAD2の発現が低下することが実験的に示されている。他のがんに関しては、異数性の原因を同定するためにはさらなる研究が必要である。 Mad2やBubR1などのタンパク質の生理的レベルの変化は明らかに異数性や腫瘍形成と関係しており、このことは動物モデルを用いて実証されている。しかし、近年の研究ではそのシナリオより複雑なものであることが示されている。異数性は、組織でのSACの特定の構成要素のレベルの変化(低下または過剰発現のいずれか)によって腫瘍素因となる他の欠陥、すなわち、DNA損傷の増加、染色体再編成、細胞死の低下などが誘導されているときにのみ、高い腫瘍発生率をもたらす。また、SACの一部の構成要素は有糸分裂外での機能、Mad1は核内移行、Bub3は転写抑制、BubR1は細胞死、DNA損傷応答、老化、巨核球産生への関与が示唆されている。このことはすべて、腫瘍形成の増加が異数性だけではない他の欠陥とも関連していることを支持するものである。 BUB1やBUBR1のようにチェックポイントに影響を与えることが知られているがん関連変異は、実際のところは稀である。しかしながら、がんへの関与が示唆されているいくつかのタンパク質には紡錘体形成ネットワークとの関わりが存在する。p53などの主要ながん抑制因子もSACに役割を果たしている。ヒトのがんで最も一般的に変異している遺伝子であるp53が存在しない場合、細胞周期チェックポイントには大きな影響が生じる。p53はG1期チェックポイントで作用することが示されていたが、SACの調節にも同様に重要であるようである。また、がんの重要な面の1つとして、細胞死またはアポトーシスの阻害が挙げられる。IAP(inhibitor of apoptosis)ファミリーのメンバーであるサバイビンは、中心体近傍の紡錘体微小管と中期染色体のキネトコアに局在している。サバイビンはアポトーシスを阻害して腫瘍形成を促進するだけでなく、染色体分離や、より原初的な生物での役割と同様に有糸分裂の終盤段階の重要な調節因子であることがノックアウトマウスを用いた研究により示唆されている。 キネトコアの接着、微小管の機能、姉妹染色分体間の接着などのSACの他の側面も、欠陥が生じて異数性が引き起こされる可能性がある。がん細胞は、SACの回避によって多方向に分裂し、多極型の有糸分裂を引き起こすことが観察されている。多極型紡錘体での中期から後期への移行は不完全なセパラーゼサイクルを介して行われ、結果として染色体不分離が高頻度で生じ、がん細胞の異数性を増幅させる。
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