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ブラームス【Johannes Brahms】

読み方:ぶらーむす

[1833〜1897ドイツ作曲家ドイツ古典音楽伝統に立ち、19世紀後半ロマン主義代表する作品に、「ドイツレクイエム」のほか4曲の交響曲歌曲など多数


ブラームス

【英】:Brahms, Johannes
[ドイツ]  1833~1897

2006年11月 執筆者: 実方 康介

 ハンブルク生まれウィーン没したドイツ作曲家音楽家である父から最初の手ほどきを受けたあと、地元ハンブルク教師からピアノ作曲学んだ1853年生涯友人となるヴァイオリニストヨーゼフ・ヨアヒム知り合ったほか、ワイマールリスト訪ね9月にはかねてより理想的な音楽家考えていたロベルト・シューマンデュッセルドルフ会見し激賞受けた翌年自殺未遂図ったシューマン一家援助するべくデュッセルドルフ再訪シューマン夫人クララとは当初恋愛感情で、後に深い友情をもって終生交流続いた

 1862年拠点ハンブルクからウィーン移したウィーンではすぐに芸術界受け入れられ次第活躍の場広げた1868年には同地定住決意。この時期指揮者としての演奏活動行っていたが、1875年にはこの分野から撤退。より作曲注力するようになったこの頃には国際的な名声確実なものとし、存命中に数々栄誉浴した

ピアノ独奏曲

ピアノ合奏

室内楽

管弦楽ピアノ


ヨハネス・ブラームス

(JohannesBrahms から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/14 01:23 UTC 版)

ヨハネス・ブラームス: Johannes Brahms1833年5月7日 - 1897年4月3日)は、ドイツ作曲家ピアニスト指揮者J.S.バッハBach)、ベートーヴェンBeethoven)と共にドイツ音楽における三大Bとも称される。ハンブルクに生まれ、ウィーンに没する。作風は概してロマン派音楽に属するが、古典主義的な形式美を尊重する傾向も強い[1]


注釈

  1. ^ ドイツ連邦は主権国家の連合であり、ハンブルクは独立した自治都市として加盟していた。
  2. ^ 『ハンガリー舞曲』は当初録音を恥ずかしがったブラームスがさっさと演奏を始めてしまい、立会人があわてて「1889年12月、(リヒャルト・)フェリンガー博士邸、ただいまの演奏はブラームス博士!ヨハネス・ブラームスのものだ」と叫んでいるのが冒頭にかぶっている。テンポは相当速い。
  3. ^ 1997年8月31日TBS系列で放送された『過ぎし日のブラームス〜没後100年に聴く幻のピアノ録音〜』(北海道放送製作)でこの説が唱えられている。この番組では、北海道大学伊福部達らにより蝋管のレーザー光線による再生が試みられたが、蝋管自体の損傷がひどく、貧弱な音しか得られなかった。
  4. ^ 研究者の間では、当時オーストリアの全権公使だった戸田氏共夫人極子1859年 - 1936年)がウィーン公使館において琴を演奏したのをブラームスが聴いたのではないかと言われている(関東大震災により戸田邸が全焼したため、上記の楽譜以外に確証といえるものは残っていない)。この出来事を題材として、日本画家・守屋多々志は「ウィーンに六段の調(ブラームスと戸田伯爵極子夫人)」(平成4年第77回院展出品、大垣市守屋多々志美術館所蔵)を描いた。また、上記の『過ぎし日のブラームス』でもこの話が取り上げられた。
  5. ^ 最近の調査では膵癌とも[24]
  6. ^ シュトライヒャーは 1860年代から交差弦の楽器の製造も始めるが、そのサウンドは現代の楽器とは大きく異なる。
  7. ^ 日本ブラームス協会の会誌の名前はこのことから「赤いはりねずみ」と名付けられている。

出典

  1. ^ 「決定版 はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで」p98 音楽之友社 2017年9月30日第1刷
  2. ^ 西原『ブラームス』p.6
  3. ^ 西原『ブラームス』p.12
  4. ^ a b c 『ブラームスは語る』p.102
  5. ^ 『ブラームスは語る』p.103
  6. ^ a b 西原『ブラームス』p.14
  7. ^ 三宅『ブラームス』p.26
  8. ^ 西原『ブラームス』p.17-20
  9. ^ Needham, Alex (2012年2月13日). “Brahms Piano Piece to Get Its Premiere 159 Years After Its Creation”. The Guardian. https://www.theguardian.com/music/2012/jan/13/brahms-piano-piece-premiere?INTCMP=SRCH 
  10. ^ 西原『ブラームス』p.23-24
  11. ^ 西原『ブラームス』p.25-26
  12. ^ 西原『ブラームス』p.28-30
  13. ^ 西原『ブラームス』p.59
  14. ^ 西原『ブラームス』p.59-60
  15. ^ 西原『ブラームス』p.78, 90-91
  16. ^ 三宅『ブラームス』p.111
  17. ^ 西原『ブラームス』p.103-104
  18. ^ 西原『ブラームス』p.149
  19. ^ 西原『ブラームス』p.186
  20. ^ 西原『ブラームス』p.187-188
  21. ^ 西原『ブラームス』p.190
  22. ^ 西原『ブラームス』p.191
  23. ^ 西原『ブラームス』p.197
  24. ^ Bodo Schwalm:Gräber auf meinen Reisen. Band 2, p.190
  25. ^ 三宅『ブラームス』p.21
  26. ^ 『ライブラリー』p.188
  27. ^ 西原『ブラームス』p.142
  28. ^ 西原『ブラームス』p.89-90
  29. ^ Münster, Robert (2020). "Bernhard und Luise Scholz im Briefwechsel mit Max Kalbeck und Johannes Brahms". In Thomas Hauschke (ed.). Johannes Brahms: Beiträge zu seiner Biographie (in German). Vienna: Hollitzer Verlag. pp. 153–230. doi:10.2307/j.ctv1cdxfs0.14. ISBN 978-3-99012-880-0.
  30. ^ Walter Frisch, Kevin C. Karnes. Brahms and his World. Princeton University Press, 2009. ISBN 1400833620 p.53-54
  31. ^ Kottick, Edward L. and George Lucktenberg p.15
  32. ^ "Ich habe einen schönen Flügel von Streicher. Er hat mir eben neue Erningenschaften dadurch inittheilen wollen(...)" August, 1887. Litzmann, Clara Schumann, ein Kunstlerleben, vol. 3, 493-94; Litzmann, Berthold (1 February 1903). "Clara Schumann von Berthold Litzmann. Erster Band, Mädchenjahre". The Musical Times. 44 (720): 113. doi:10.2307/903152. ISSN 0027-4666.JSTOR 903152.
  33. ^ Biba, Otto (January 1983). "Ausstellung 'Johannes Brahms in Wien' im Musik Verein". Österreichische Musikzeitschrift. 38 (4–5). doi:10.7767/omz.1983.38.45.254a. S2CID 163496436.
  34. ^ August, 1887. Litzmann, Berthold, 1906. Clara Schumann, ein Künstlerleben. Leipzig: Breitkopf & Härtel, vol 3, pp.493–94.
  35. ^ Cai, Camilla (1989). "Brahms's Pianos and the Performance of His Late Works". Performance Practice Review. 2 (1): 59. doi:10.5642/perfpr.198902.01.3. ISSN 1044-1638.
  36. ^ 「革新主義者ブラームス」
  37. ^ 「決定版 はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで」p99 音楽之友社 2017年9月30日第1刷
  38. ^ 三宅『ブラームス』175、177頁。
  39. ^ 『作曲の20世紀ⅰ』82頁。
  40. ^ 『作曲の20世紀ⅰ』106頁。
  41. ^ 『作曲の20世紀ⅰ』118頁。
  42. ^ 『西洋音楽史概説』331頁。
  43. ^ 『ブラームスは語る』p.115
  44. ^ 『ブラームスと私』p.182
  45. ^ 西原『ブラームス』p.126
  46. ^ 西原『ブラームス』p.178
  47. ^ 西原『ブラームス』p.128
  48. ^ 三宅『ブラームス』p.156
  49. ^ 三宅『ブラームス』p.92
  50. ^ 三宅『ブラームス』p.94
  51. ^ 三宅『ブラームス』p.142
  52. ^ 三宅『ブラームス』p.156
  53. ^ 三宅『ブラームス』p.163
  54. ^ 西原『ブラームス』p.110
  55. ^ 三宅『ブラームス』p.140
  56. ^ 西原『ブラームス』p.179


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