DKWとは? わかりやすく解説

DKW

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/04 00:52 UTC 版)

DKW Auto Union logotype

DKW(日本においては「デーカーヴェー」と称されることが多い)は、かつて存在したドイツの自動車およびオートバイメーカーである。

解説

ドイツでは後発のオートバイ・自動車メーカーであったが、1920年代から1930年代にかけて得意技術である2ストロークエンジンを活用して急成長を遂げた。1932年には、ドイツ国内の民族系メーカー4社による合同企業「アウトウニオン」の設立において中核的役割を果たした。「DKW」ブランドは1960年代まで使用され、同社の製品群は後のアウディ車開発における基盤となった。

名称の「DKW」は、第一次世界大戦中に開発された「蒸気自動車」を指すドイツ語「Dampf-Kraft-Wagen」に由来する。その後、様々なキャッチコピーの頭文字へ当てはめられた時期を経て、1930年代以降は特定の意味を持たない名称として定着した。

歴史

デンマーク人で若くしてドイツに渡った機械技術者イェルゲン・スカフテ・ラスムッセン(Jørgen Skafte Rasmussen 1878-1964年)により、ザクセン州ケムニッツでラスムッセン&エルンスト有限会社として1906年に創業した。

当初、機械メーカーとして業績を伸長。第一次世界大戦中の1914年には、得意分野であった蒸気機関関係の技術を活かし、蒸気自動車の試作を試みたものの失敗している。ドイツ語で「蒸気自動車」を意味する dampf kraft wagen を略して「DKW」の社名が生まれた。

ラスムッセンは大戦終結直後の1918年、エンジン技術者フーゴ・ルッペに25ccの2ストロークエンジンを開発させた。このエンジンは「DKW」との語呂合わせで「Des Knaben Wunch(若人の夢)」と名付けられ、自転車補助エンジンとして売り出された。「DKW」の語呂合わせは更に続き、このエンジンはDas Kleine Wunder(小さな奇跡)と改名されている。小さなDKWエンジンは経済的で性能も良かったことから、戦後の不況に悩むドイツでヒット作となった。これが真のDKWブランドの始まりであった。

DKWは2ストロークエンジンの技術を活かし、1921年以降本格的なオートバイ生産に乗り出す。この当時の4ストロークエンジンは高速化・高出力化が難しく、小さくてもパワーを稼げる2ストロークエンジンはオートバイ用に最適であり、DKWの小型オートバイは高性能で人気を博した。そして僅か数年のうちに当時世界最大級の二輪車メーカーに急成長した。

DKWは余勢を駆って1928年に四輪車に進出、2ストロークエンジンを搭載した先進的な小型大衆車を市場に送り出した。同年、当時清算の危機にあったアウディの過半数株を買収する事により同社を救済して傘下に収め、経営に参画する事となった。

1930年代までDKWは世界最大のオートバイメーカーだった。1939年に第二次世界大戦の勃発で市販車両の生産を停止するまでは、スプリット・シングルと呼ばれる1シリンダー2ピストン構成の2ストロークエンジンを過給したロードレーサーで、小排気量・若年クラスのレースカテゴリーを席巻した[1]。

四輪部門でも、優れた技術を持つアウディ社開発スタッフの獲得で大幅な進歩設計を実現した。特に1931年に開発された「DKW F1」は、500ccのミニカーであったが、量産型大衆車としては世界で初めての本格的な前輪駆動車であり、自動車の歴史に重要な足跡を残した存在である。「F1」とその改良型は当時のドイツで大きな商業的成功を収めた。

1932年、 DKWはアウディ、ホルヒ、ヴァンダラーと合併してアウトウニオンとなり、オペルに次ぐドイツ第2位のシェアを持つ大企業となったが、DKWブランドはアウトウニオンのコンパクトカーとオートバイのブランドとして存続した。

第二次世界大戦で他のアウトウニオン系3ブランドが消滅を余儀なくされ、ザクセン州にあったアウトウニオンの各工場は戦災破壊とその後の東ドイツ地域編入による社会主義体制での国有化で、独立企業としては無に帰した。西ドイツに避難した経営陣の手でアウトウニオン社が復活した際、DKWブランドの4輪車・オートバイは2ストロークエンジンとともに復活し、社名である「アウトウニオン」と並行してブランドとして使用された。

アウトウニオンは1957年にダイムラー・ベンツの傘下に入ったが、その後の1964年にはフォルクスワーゲングループの傘下に入った。最後のDKWブランドの自動車は1966年生産のF102で、それを最後にブランドは消えた。DKW車は最後まで前輪駆動の2ストロークエンジン仕様を貫徹し、F102のボディはそのまま4ストロークエンジン搭載で復活した「アウディ」ブランドに転用されて、アウトウニオンの血脈を保った。

DKW・F1
DKW・Junior

自動車

オートバイとスクーター

  • DKW Golem
  • DKW KM 200
  • DKW KS 200
  • DKW SB 200
  • DKW SB 350
  • DKW SB 500
  • DKW ZS 500
  • DKW ZSW 500 (water cooled)
  • DKW SS 600 (water cooled)
  • DKW Sport 250
  • DKW NZ 250
  • DKW NZ 350
  • DKW NZ 500
  • DKW JS 500
  • DKW RT 100
  • DKW RT 125
  • DKW RT 175
  • DKW RT 200
  • DKW RT 250 H
  • DKW RT 350 S
  • DKW Hobby-Roller
  • DKW Hummel

関連項目

脚注

Bibliography

Uhlmann, Claus (2005). RT 125 Das Kleine Wunder Aus Zschopau. Verlagsgesellschaft Bergstraße mbH 

外部リンク


DKW (1931 - 1939)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/15 04:32 UTC 版)

「スプリット・シングル (内燃機関)」の記事における「DKW (1931 - 1939)」の解説

1931年にイング・ツェラーにより製造され、オートバイレースにて用いられたスプリット・シングルエンジンは、戦前の小排気量オートバイレースにおいて、DKWに支配的な地位をもたらす事に貢献した。DKWのスプリット・シングルは戦後のプフが採用したものと同様の、V形状ピギーバックタイプのコンロッドを使用していたが、最大の特徴は燃焼を司るスプリット・シングルの他に、掃気用のシリンダーが別に用意された1気筒3ピストン方式を採用していた点にある。この方式はクランクケースによる一時圧縮が不要となり、潤滑系統を4ストロークエンジンと同様にできる利点があるが、DKWは潤滑方式というよりも掃気シリンダーによる過給効果を期待し、この形式の開発を戦前期に非常に盛んに行った。戦前のオートバイレースのレギュレーションでは、過給機の装着禁止が明文化されていなかった為に、DKWはクランクケース圧縮と掃気シリンダーを併用したものや、掃気シリンダーの代わりに対向ピストンエンジンの掃気装置に類似したベーンポンプ(ベーン式スーパーチャージャー)を装着したものなどを設計している。この時期のDKW製スプリット・シングルの代表例がDKW・SS350で、180度対向配置の掃気シリンダーでの過給で32馬力を発揮した。他に250ccのSS250でも同様のコンセプトが採用されたが、両者とも激しい放熱に耐える為に冷却方式は水冷が選択された。第二次世界大戦の勃発でロードレースから一時撤退する1939年末時点では、並列2気筒4ピストン型のUS250は40馬力、US350は48馬力にまで達していたという。しかし、DKWはプフのようにスプリット・シングルを市販車両に展開する事は無く、戦後は簡素な構造ながらも高性能な、ウォルター・カーデンの排気チャンバーを採用した従来型単気筒レーサーの開発に注力した為、スプリット・シングルの系譜は戦前までで途絶えている。

※この「DKW (1931 - 1939)」の解説は、「スプリット・シングル (内燃機関)」の解説の一部です。
「DKW (1931 - 1939)」を含む「スプリット・シングル (内燃機関)」の記事については、「スプリット・シングル (内燃機関)」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「DKW」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ。



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「DKW」の関連用語

DKWのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



DKWのページの著作権

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのDKW (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのスプリット・シングル (内燃機関) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS