3730系・3770系
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「名鉄3700系電車 (2代)」の記事における「3730系・3770系」の解説
両車の仕様は同一のため、併せて記す。HL車では最多両数を占めたグループで、両車合わせて77両(2749は欠番)が在籍した。 1964年に、3700系から車体を仕様変更の上増備されたのが3730系である。出力・性能や車体の基本寸法は3700系と大差ない2扉車であるが、高運転台や1,400mm幅の両開き扉を採用したことが大きな特徴である。車体仕様変更は当時の名鉄における通勤輸送への対応策と見てよい。側面の扉・窓配置はd2'D'4'D'2で、'の戸袋部には窓がない。この改造で、旧愛知電気鉄道電7形等の、初期の半鋼製車両が第一線を退いた。制御電源については、本系列から大型の東芝CLG-107電動発電機を制御車に搭載し、当初からHB制御相当の仕様で投入された。 なお、モ3749はク2702(3700系)と編成を組んでいた。このク2702は3704Fとともに3700系の中でも最後に製造され、扉こそ片開きだが高運転台やアルミサッシ窓を採用し、3730系への過渡的車両である。そのため、ク2730形のうち2749は欠番である。 その後、1966年以降の増備車12両は車体の仕様に変更はないものの、全席転換クロスシート装備に移行し、新しく3770系を名乗るようになった。もっとも1969年以降、3730系も一部 (3752F - 3763F) がオールクロスシートに改装され(扉間の座席数は3730系12脚のち8脚、3770系10脚。取付ピッチはともに900mm)、さらに1984年からはオールロングシートへ再度の改造が行われたため、実質的に差はなくなった。ク2762で転換リクライニングシートのテストを行ったこともあるが、試用のみで終わっている。また、一部のクロス車は扉横に3780系と同様の1人掛け固定クロスシートを設置した時期もあった。なお、新製時は扉付近の車両中心部にスタンションポールがあったが、数年で全車撤去された。 1978年の瀬戸線昇圧の際は3770系2両が移籍した。側窓は3700系も含めて2段上昇式で全開も可能であったが、本系列の瀬戸線転属車は下段の上昇幅を抑制した。その後、3770系全車と3730系の一部が瀬戸線に転属している。瀬戸線では1990年までに全車引退、本線系でも1996年に全車が廃車となった。やはり車両限界(屋根高さ)の関係などから最後まで冷房化改造は行われなかった。代わりに1978年頃から、他の非冷房形式共々扇風機が、また本系列の瀬戸線転属車に限り6600系と同様の補助送風機(ラインデリア)が追設された。 1981年暮豊橋鉄道渥美線に譲渡された2両(3755F、同社1750系)は、1981年12月5日から試運転、82年1月1日から営業運転を開始し、1990年に冷房化されて1997年の1500V昇圧まで運用された。同社では初の転換クロス車となったほか、冷房化の際に低運転台化され、3700系に似た前面になっている。 1996年の廃車時には、最後まで残った2編成のうちロングシートの3751Fが名鉄主催で常滑へ、クロスシートの3757Fがファン有志主催で内海へと同日に2本のさよなら列車が運転され最後を飾った。 なお、本系列に機器を供出した一部の旧愛知電気鉄道電7形は制御車ク2320形と形式を改め、瀬戸線に転属。その後、瀬戸線昇圧に際し、ク2323・2326の2両が揖斐線系統に転属し、1997年まで現役で運用された。車体更新車である3730系が前年に全廃となったのに対し、タネ車である電7形の車体は老朽化しながら、更新車よりも1年程度ではあるが長命を保つという、珍しい現象が起きていた。
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